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陰気と聞くと「陰気な人」とか「陰気くさい」とか、
あんまり良い印象を持たない表現かもしれません。
けれど、漢方でいう本来(?)の陰気はその通りではありません。

そもそも人には二面性があります。
積極的な面と消極的な面とか、攻撃的な面と守備的な面とか。
漢方の世界では、人に関わる性質を自然の存在に例えて表したりしますが、
炎(興奮)と氷(冷静)なども当てはまりますね。

このようにさまざまな形で二面性が表現されますが、
表現が違えばそこからの印象も異なりますし、
一つの言葉だけで人の二面性をずばり表すのもまた難しい。
そういう経緯で作られた、 人の二面性を表現する万能ツール が、
そもそもの陽(気)と陰(気)です。

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「陰気な人」扱いされる方の体にも、陽気はちゃんと存在していますし、
「陽気な人」の体にも、やはり陰気は存在しています。
陰気とされる人は、陽気を出すのが少し苦手なだけなのだと思います。
そして陽気な人は、陰気が文字通り陰に隠れている状態なのでしょう。

東洋医学の考えにも心身一如や頭寒足熱、冬病夏治など、
人の体に備わる二面性を表現したものが存在します。
ただしいずれの場合でも、基本にあるのは、
 陰と陽の2つは深い部分で繋がっている ということ。
人の二面性を別々に考えない事と同じで、
物事の陰陽も別々に考えたり、取り扱ったりはしません。
陰は陽に通じ、陽は陰に通じる訳です。
陰気とされる人から陰気を取り去っても、それで陽気になる訳ではありませんから。

人の体は清濁を併せ持つ存在ですが、
この事を漢方の世界では、 陰陽 として表現します。

陰陽とは東洋医学の基本となる重要な考え方で、
大変に奥の深いものですが、簡単に言えば
人の体が培っているものには 二面性がある ということです。

人の体には清濁のみならず、老若や剛柔など数多くの二面性が共存しています。
また自律神経(交感神経と副交感神経)や
性ホルモン(男性ホルモン、女性ホルモン)など、
人の体に備わる機能や分泌物も二面性を持っています。

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体を流れる血液にも、実は二面性が備わっています。
例えば、集まろうとする凝集性と広がろうとする拡散性もそれです。
血液の状態を「ドロドロ」とか「サラサラ」とか言い表しますが、
あれこそまさに二面性をうまく表現しています。
ドロドロは少し病的なイメージが強いですが、
極端に陽に偏ってドロドロしていない。
かといって陰に偏って水っぽくてサラサラしすぎていない。
それが、全身を隅々まで巡ることができる血液の条件です。
なお前者を赤い血、後者を青い血と呼ぶとか呼ばないとか・・・。

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血液の陰陽のバランスが陽に偏れば、その血液によって養われる他の部分、
例えば内臓や肌、分泌物、場合によっては精神面なども次第に陽に傾いたりします。
陰陽のバランスは、それが良いものであれ悪いものであれ、
からだの他の部分に伝わったり、影響を与えていきます。

もっとも陰陽というのは、陰が良いとか陽が悪いとかそういう尺度ではありません。
 陰(あるいは陽)に大きく偏っている状態 、それが心身の健康に良くない訳です。
漢方における予防は、この陰陽のバランスを保つことに通じており、
崩れたバランスを元に戻すことが治療に当たります。
もっとも、「陽に傾いたからといって、陰を高めれば良いか?」といえば
実際はそう単純でない点に漢方治療の妙があります。

漢方では、この世に存在するものは全て、
有形、無形に関わりなく  清濁を併せ持つ  とされています。
一つの存在の中にも正邪・清濁が混在して、
互いに作用と反発を繰り返している訳です。
そしてその関係・繋がりは一つの存在の中で、
あるいはその枠を超えて、ずーっと続いていきます。
悪循環とは悪い事が次の悪い事を招く関係を表しますが、
漢方の世界では、  良いとされる事が悪い事を招く  場合もあります。
その逆に、悪いとされる事が結果的に良い事を呼びこむこともあります。
ピンチをチャンスに変えるという事なのかもしれません。

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かぜを引く事は、一見して悪い事のように受け取られますが、
それによって免疫力が高まる事まで言及すると、
単に悪い事という判断はいかがなものでしょうか?
また、好きな物を食べるのは良い事と考えがちですが、
好きなものを好きなだけ食べていれば、それはやはり悪行となります。

絶対かつ普遍に良いもの、良い行いが無く、
仮にそういうものがあったとしても、接し方や行い方によっては変わってしまう。
それを混沌と呼べばその通りかもしれませんが、
本当に大切なのは、一人の人間の中で清濁のバランスが整っているか、
 調和が取れているか  ということではないでしょうか?
清濁のバランスを整えるために善行を邁進しても構いませんし、
悪いとされる行いを繰り返しても、それ即ち悪行とは必ずしもなりません。

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人には清濁の二面性があり、
私たちの行いも、身の回りに存在するものも同様に二面性を持ちます。
そのようにして全てに二面性が伴うならば、
基本は 真ん中を選択すれば良い  のではないでしょうか?
俗にいう安定は、この真ん中である事の繰り返しだと思います。

6月に入り相変わらず暑い日が続く中で、中休み的な雨天日。
西日本の西端からも梅雨入りが始まりました。

雨の日は低気圧に覆われる為、
私たちの周囲の気圧は晴れの日よりも低下します。
それ自体は防ぎようがありませんが、
肝心なのはそれに体がうまく  対応できるか  という点。

漢方では、人の体は外に向かって気を巡らせて(≒放出して)います。
気の巡り方は、体が自身でコントロールしている部分もありますが、
外界と向き合って調節される部分も存在します。
即ち、外界からの圧力が変われば、体も気の放出も変化するという図式です。
より強い力で押されると、それに誘発されてより強い力で押し返す。
そのように見ると、人の体と外界は 相撲をとる関係  に似ています。

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けれど、ずっと押されている状況から一転して、
ふいに相手が力を抜いてしまうと、こちらは自らの力でバランスを崩してしまいます。
それと同じように外界の気圧の変わり目、例えば晴れから雨に転じるときに、
対応して気を整えることができなければ、バランスを崩しやすくなります。

一見して無関係に思われる季節の変わり目による体調不良、
あるいはストレスに伴う諸症も、実はこれとよく似た関係にあります。
外からの刺激という点では共通していますから。

ただ、刺激の有る無しとその刺激にうまく順応できるかは別の話であって、
漢方では  刺激に対する反応  は総じて、気の作用によると考えます。
それこそ、後にも先にも  備えて気をつける  しかありません。


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