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 最近、長引く咳(せき)に悩まされている方が増えてきているようです薬局 薬彩たはらにも、風邪をきっかけに、咳だけが残って治らないという方が数年前から増えています。

 咳は、「肺」が関与していると漢方では考えられています。漢方でいう肺とは、西洋医学での「呼吸」に関する機能以外に、「水分代謝」の役割を果たしたり、体に悪い影響を与える外邪(がいじゃ)を防ぐ機能、今でいう「免疫機能」などに関係していたりすると考えられています。咳に利用される漢方薬をいくつか紹介しましょう。

 麦門冬湯(ばくもんどうとう)…顔が赤くなるまでせき込むような激しい咳が発作的に出る人、痰(たん)がからんでなかなか切れない咳が出る人に多く利用されています

 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)…のどに何かはりついて取れない感覚があり、咳をするような人、不安症状や不眠症の人などに利用されます

 参蘇飲(じんそいん)…風邪の初期に寒気、発熱などがあり、咳、痰が残っているような人、普段から胃腸の弱い人の風邪にも利用されることがあります

 咳の原因は、風邪などのウイルス、アレルギー、ストレスなどさまざまなタイプがあります。咳止めや抗生物質など西洋薬を服用してもなかなか治まらない咳にも、漢方薬の効果が期待できることが少なくありません。

 咳も長引くとつらいものです。漢方薬を上手に利用していただきたいです。

漢方薬の処方の名前は、その効果を示すもの、生薬(しょうやく)に由来するものなどさまざまです。今回は、中国の想像上の動物である「玄武(げんぶ)」「白虎(びゃっこ)」「青竜(せいりゅう)」「朱雀(すざく)」という四神(しじん)の名の付いた漢方薬を紹介します。

 四神は東西南北を司り、季節をもたらす神獣とされています。青竜の青、朱雀の朱(赤)、白虎の白、玄武の玄(黒)と色を表すこともあります。

 「玄武湯」は、黒い附子(ぶし)が含まれます。冬をもたらす玄武に対し、冷えのある人に用いられることが多い漢方薬で、現在では「真武湯」と呼ばれています。

 「白虎湯」は、白い石膏(せっこう)が含まれます。秋をもたらす白虎は、夏にほてった体の熱をとり、石膏も熱を取る働きがあるため熱射病などに用いることがあります。

 「小青竜湯」は、青い麻黄(まおう)が含まれます。春をもたらし水を司る青竜は冷たい水を温めます。小青龍湯は、さらさらした鼻水が止まらない人を温めて症状を抑え、現在でもよく用いられる漢方薬です。

 「朱雀湯」は諸説あり「十棗湯(じっそうとう)」のことだとされており、赤い大棗(たいそう)が含まれます。この漢方薬は、作用が強く現在では用いられることはありません。

 漢方は中国の古い医学が日本で独自に発展した日本の伝統医学ですが、このように中国の思想の名残もあるのです。

時の政府が西洋医学の医術開業試験を制定したため、漢方を学んでも医師になることができなくなったのです。
 そんな中、漢方を残すために動いた中心人物の一人が浅田宗伯です。宗伯は幕末から明治の最高の漢方医といわれ、大正天皇の命を救ったことも宗伯の偉業の一つです。

 明治12年、明宮嘉仁親王(後の大正天皇)は生誕直後に難病を患い、生命の危機に陥りました。当時の西洋医学の最高峰の医師でもなすすべがありませんでした。そこで呼ばれた宗伯は、現代では使われないほどの劇薬「巴豆(はず)」を使用し、治療の際の下着は白無垢(むく)、懐には短刀を納めていました。「明治政府に漢方の力を見せれば、政府は漢方を認めてくれる」と宗伯は治療にあたったのです。「もし成功しなければ自決する覚悟だった」と記録が残っています。

 大正天皇は無事に一命を取り留めましたが、宗伯の思いも空しく漢方は衰退の一途をたどりました。
 その後、ごくわずかな人々の間で継承されてきた漢方ですが、昭和になってエキス製剤の製造が始まり、現在も広がりを見せています。

 しかし、先人が命懸けで守ろうとした伝統的な漢方薬の使い方をされていることが少ないのが現状です。
漢方薬の効果を十分に引き出す使い方を知るには、漢方が全盛期であった時代の医学書から学ぶことが大切なのです。

漢方は明治時代に一度廃れてしまったことをご存じでしょうか。

時の政府が西洋医学の医術開業試験を制定したため、漢方を学んでも医師になることができなくなったのです。
 そんな中、漢方を残すために動いた中心人物の一人が浅田宗伯です。宗伯は幕末から明治の最高の漢方医といわれ、大正天皇の命を救ったことも宗伯の偉業の一つです。

 明治12年、明宮嘉仁親王(後の大正天皇)は生誕直後に難病を患い、生命の危機に陥りました。当時の西洋医学の最高峰の医師でもなすすべがありませんでした。そこで呼ばれた宗伯は、現代では使われないほどの劇薬「巴豆(はず)」を使用し、治療の際の下着は白無垢(むく)、懐には短刀を納めていました。「明治政府に漢方の力を見せれば、政府は漢方を認めてくれる」と宗伯は治療にあたったのです。「もし成功しなければ自決する覚悟だった」と記録が残っています。

 大正天皇は無事に一命を取り留めましたが、宗伯の思いも空しく漢方は衰退の一途をたどりました。
 その後、ごくわずかな人々の間で継承されてきた漢方ですが、昭和になってエキス製剤の製造が始まり、現在も広がりを見せています。

 しかし、先人が命懸けで守ろうとした伝統的な漢方薬の使い方をされていることが少ないのが現状です。
漢方薬の効果を十分に引き出す使い方を知るには、漢方が全盛期であった時代の医学書から学ぶことが大切なのです。

 便秘で下剤を使っている人は少なくないでしょう。漢方薬にも潤腸湯(じゅんちょうとう)や麻子仁丸料(ましにんがんりょう)など便秘に使用されるものが幾つもあり、それらの漢方薬の中には、大黄(だいおう)という瀉下(しゃげ)作用を持つ生薬(しょうやく)が含まれるものがあります。

 大黄はタデ科の多年草、ダイオウ類の根茎を使用し、大腸壁を刺激して蠕動(ぜんどう)運動を活発にすることで排便を促します。効果の強さから〝将軍〟の別名を持ち、中国最古の薬草書「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」やインド、欧州の古書にも記載され、下剤として古くから使われていたようです。

 多くの場合、大黄は数種類の生薬と配合されます。潤腸湯は9種類、麻子仁丸料は5種類の生薬が大黄以外に配合され、大黄単独での使用に比べて穏やかな効き方をします。下剤は癖になりやすいので、繰り返し使用するにはこの穏やかな効き方が喜ばれます。

 一時の便秘なら漢方薬を含めた一般的な下剤で対処できるでしょう。しかし、慢性化した場合、一時しのぎの下剤ではなく、怠け者の腸を元気にしていく漢方薬が重宝されますが、働き者の腸に戻り、下剤が不要になるまでにはどうしても時間がかかってしまいます。

 「下剤の成分が含まれているので癖になるから」とかたくなに拒む人がいます。下剤が必需品になっている人は、一度専門家に相談してはいかがでしょうか。


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