80歳代 女性
お役に立てれて嬉しい。決して華やかな話題ではないが、田舎の薬局を象徴するような場面を作れて、今日は午後からとても気分がいい。
耳鳴りの漢方薬を作って、まだ1週間くらいしか経っていないが、「朝から体が重くて、やる気が出ない」と言う相談を受けた。社会人や学生の相談みたいだが、相談してくださったのは、80歳代の女性で、いつものように無彩色の服装で原付バイクに乗ってやって来た。
時にストレスから起こる耳鳴りで漢方薬を取りに来るが、1週間前にやって来た時の理由は珍しく耳鳴りと違って、上記の現役バリバリの人が陥る鬱状態に近い症状だった。
去年まで、この辺りで言う「牡蠣剥き」の仕事をしていた。カキ養殖が盛んな牛窓では、牡蠣殻から身を取り出す「牡蠣剥き」の仕事の需要は高い。しかし、臭いが体に付くことと、早朝から何時間も腰かけ、ひたすら牡蠣殻をこじ開けて身を取り出す作業はきつい。半世紀前は、冬にはそういった仕事をする人が多くいたが、今は業者が減った分、牡蠣の剥き手も減った。だから80歳を過ぎても引っ張りだこなのだ。当然この冬も親方から期待されて、すでに「来てくれ」コールが届いているらしい。
ところがご主人のお世話などがストレスとなって、毎日うつうつとして過ごし、野菜を庭で作るのも面倒になったらしい。朝から倦怠感で、とても牡蠣剥きなどには行けないと言って相談にやって来た。
わざわざ僕の所に来るのだから、出来れば行きたいのだろう。ただ去年までのようには働けそうにもないから、耳鳴りの漢方薬のように、しんどくてやる気が起きないのに効く漢方薬がないか期待して来たのだろう。
心だけでなく、身体もしんどいと言うので、ある漢方薬を利用してもらうことにした。精神的な不調や息切れなどに使う口で溶かして服用する漢方薬だが、これが劇的に効いたみたいで、「息切れもしないし、だるくもないし、やる気も出た」と応対した娘に報告してくれたみたいで、今日は80回分も入っているその漢方薬を買って行ったらしいのだ。そして「お父さんに言っといて、牡蠣剥きに行くことにしたから」と伝言を託ったみたいだ。
僕は先日女性に「健康で長生きには仕事をすることが一番いいらしいよ。だから奥さん、僕がお手伝いするから仕事に行って!」と頼んでいた。薬などでは決して実現できないレベルの健康をこの冬のきつい仕事で得てくれるだろう。この数日の漢方薬でスタートの号砲は鳴らせた。後は女性が自分のスピードで走るだけ。
老いたご主人の世話で悶々と暮らす羽目になっていた女性が、毎日にぎやかに仕事仲間と楽しく数時間過ごす。心や体の不調だけではなく、生活の質まで変えられたら、漢方薬局冥利に尽きる。