春先は昔から「木の芽時」などと呼ばれ、臓腑との関係では、春は「肝」の季節です。
肝はのびのびしているのが好きな臓器なので、ストレスにとても弱いのです。困ったことに春は、精神的に不安定になりやすく、ストレスを受けやすくなる季節で、イライラして怒りっぽくなりがちです。ノイローゼ、うつ病、ヒステリー、分裂病など精神神経科に属する病気が多発して、悪化しやすい時期とされています。
自然界では春になると野山の木々がいっせいに芽を吹くように、人間も代謝が活発になり、五臓の中では「肝」が活動を始めます。五臓の中で「腎」と「肝」の関係は、腎が親で、肝が子供の関係にあります。冬の間にしっかり腎が蓄えた栄養物(腎精といいます)を春になって肝が利用して、肝の働きが旺盛になり、体の代謝が盛んになるのです。もし、冬場に過労で体力を消耗したり、運動しすぎて汗をたくさん出したりすると、腎精が消耗して、春になって、肝の働くエネルギー供給が少なくなると、肝の気の働きが不十分となって五月病と称する病気が起こりやすくなります。
また、ストレスが過剰になると肝の気の働きが過剰になって、結果的に肝の本来の働き(疎泄作用といって、気の流れや血流を盛んにする働き)が不十分となり、体の中の気の流れが鬱滞するようになります。そのためにイライラしたり、怒りっぽくなったり、または逆に鬱になって、沈み込んだりします。この状態を中医学では『肝気鬱結』といって、この状態が続くと体調に変化が生じて、病院で自律神経失調と診断される場合も多いようです。
イナゴや柑橘類のさわやかな酸味は、肝の気の上衝(のぼせ)を収める働きをします。1月中旬頃から出回る甘夏で、マーマレードを作ってみてはいかがでしょう。部屋中に柑橘類の精油の香りが漂い、アロマセラピーの効果があります。さらに肝の造血作用能力を向上させるために、アサリ、ハマグリ、シジミ、タニシ、アワビなどの貝類、枸杞、ニンジン、ほうれん草、レバーなどの肝に入るものの料理が望まれます。春は潮干狩りの季節、貝類も栄養を備えて待っていますよ。
また、苦いものも、肝の気を下に降ろす作用があります。のぼせを抑える意味で、ウド、フキ、タラの芽などほろ苦い春の野菜を食べることは、意味のあることです。これらの野菜たちは、春、私たちのために芽を出すとも言えるでしょう。
眠い季節ですが、自然の陽気を受けるためには出来るだけ早起きしたほうがよいでしょう。
ここで重複しますが、肝の働きを中医学でどのように考えているかを簡単に説明します。
①肝は疎泄をつかさどる
疎泄とは、肝の気の流れをよくする作用で、疎泄の作用で、臓腑や器官の働きを活発にし、気血や経路の流れをよくし、それらの機能が十分に果たされるようにしています。それらの働きが滞った場合を「肝気鬱結」といって、胸脇・乳房・下腹部両側などが張ったような痛みになって現れます。肝気が脾・胃の働きを犯すと、脾胃の消化機能、胆汁の分泌・排泄に影響し、上腹部の疼痛・悪心・嘔吐・下痢などが見られるようになります。
精神情志活動は心神が主体ですが、肝の疎泄と密接に関連し、疎泄が正常で公文や抑鬱がなければ、愉快でのびのびし、理解力、思考力が鋭く、気分も落ち着いていることができます。
②肝は血を蔵する
血液を貯蔵し、血流量を調節する機能を持ちます。
肝血の不足は目に表れ、目の乾燥、異物感、かすむなどの症状となります。筋にあらわれると筋肉のひきつり、肢体の痺れ、運動障害となります。月経血量、無月経にも関与します。
③筋・目・爪をつかさどり、涙を生ずる
肝血が十分に濡養されていれば、筋の働きはスムーズで、正常な運動が行われます。爪は筋の余りとされ、光沢に影響します。涙は肝の液とされ、肝血の不足は目の乾燥感、異物感を生じます。
東洋医学では「病は七情から起こる」といって、いろいろな感情の偏りが、病気を引き起こすと考えています。漢字の『病気』という字は気の病んだ状態を意味しています。
昔より漢方は「気の医学」といわれ、最近では精神科の専門医の中で東洋医学の考え方を取り入れて治療する医師が多くなりました。漢方薬を併用することによって、新薬の抗神経薬の量を減らして副作用を軽減し、治療効果を上げることが出来るようです。
以上のことをまとめると、春の養生法の基本は、心を晴れやかに持ち、体を積極的に動かすことがなによりも大切なことだとお分かり頂けるでしょう。悩んだり、イライラすると、肝の働きが滞るばかりではなく、消化機能に悪影響を与えます。食欲低下などを引き起こし、消化吸収機能が衰え、悪循環を生じますので、注意が必要です。
ストレスや悩みの多い現代社会では体調を崩す人も多いことと思います。このような場合、病院などで検査しても結果は何も出ず、自律神経失調と判断されることが多いようです。
漢方には、前頁で紹介したように「気剤」と呼ばれる精神安定作用のある漢方処方がありますので、漢方療法をお勧めいたします。
うつ病、神経症、自律神経失調症、更年期障害などに、
四逆散、香蘇散、加味逍遙散、半夏厚朴湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、柴胡桂枝乾姜湯、清心蓮子飲、竜胆瀉肝湯、補中益気湯など多くの処方があります。
これらの漢方処方は西洋薬のトランキライザーのように、眠くなったり、なんとなく元気が無くなったりする様な作用はなく、「元気の出るトランキライザー」としてお勧めいたします。神経症の中には、胃腸が弱く体力のない方も多いようですが、漢方には肝と脾(胃腸)の調和をして、消化機能を高め、食物の消化吸収を盛んにして、血を増やし、肝の働きを調整して、自律神経の安定を図るなど体全体の調整を目的にしています。しかし、漢方処方の決定は、経験と知識が必要ですので、漢方に詳しい専門家にご相談ください。
春にお勧めの食材
●中国に「省酸増甘、以養脾気」という言葉があります。酸味を少なめにし、甘みを少し増やす味付けをすることで、消化機能を助けるといわれています。肝が障害を受けると消化機能が減退します。消化吸収機能が弱ってきたら右記のような味付けにしてみましょう。
●春が草木の生命力が高まる季節です。
気分が落ち込んだり、やる気が出ないときは春野菜などの季節の食材で上昇するパワーをもらいましょう。春のうつ予防にもお勧めです。また、このタイプの方はエネルギーが不足している方に多く見られます。大豆などの豆類や、玄米などの雑穀類はエネルギーを補い元気を出してくれます。
●春は新陳代謝が活発になり、老廃物が出やすくなります。老廃物の排泄促進や肌荒れには、野菜などの新芽がお勧めです。新茶、わらび、ふきのとう、ふき、たらの芽、せり、たけのこ、ほうれん草などがあります。
●春はストレスを受け気が滞ったり、気血が上がりやすい季節です。漢方では、シソ・ミント・にら・セロリ・三つ葉・春菊・うこん・菊花・陳皮・柑橘類などの食材は滞っている気を流す働きがあるといわれています。食べるときは、香りを楽しむと更に効果が高まります。
イライラ・目の充血・自律神経の乱れにどうぞ。
●その他の肝を補う食材として。
アサリ・シジミ・ハマグリ・かきなどの貝類、ほうれん草・アスパラガスなどの春の野菜をお勧めします。
●春は控えたほうがよい食材として次のものがあげられます。
○早春は体が活動的になり始めるときなので、体を冷やす生ものや冷たい食べ物は控えましょう。
○春は吹き出物が出やすいので、カニや背の青い魚は炎症を悪化させてしまいますので注意してください。
○消化器系が弱っている方は、ごぼう・高カロリー食・もち米など消化の悪い食材は控えましょう。
○春は気血が高ぶりやすいので、刺激物や肉、高脂肪の食材も控えましょう。
解説:惠木 弘(恵心堂漢方研究所所長)