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期待と不安は表裏一体。
良くも悪くも、心煩い(心患い)を起こすという点では同じですが
期待と不安では、煩いの方向性が違います。
簡単に言えば、期待は五臓の肝が温まる方向に、不安は肝が冷える方向に向かいます。
不安を感じること、恐がることを
「肝を冷やす」と表現するのは、正にこの事を表しますが、
肝(≒自律神経系)は本来、「温まりにくく、冷めにくい」という性質を持ちます。
けれど期待や不安が大きくなるほどに不安定になり、
温まりやすく、冷えやすい状態が際立っていきます。

ただし、温まりやすく、冷えやすい状態とは言っても、
物理的に「熱い・寒い」とか本人が「暑がり・寒がり」という意味ではありません。
肝を冷やせば、体を温めれば良いという訳でもありません。
肝の冷えやすさは、肝本来の柔軟さを欠いた状態(=肝気虚)。
肝気虚に陥れば、体の巡りは柔軟さを欠き、
極端に緩んだり、強張った状態を招いてしまいます。

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強い感情は、それによる弊害も然ることながら、
感情によって平常の気(≒平常心)を欠くという点が問題だと感じます。
期待や不安を抱くこと自体は、悪行ではありませんし、
期待が良い感情、不安が駄目な感情という訳でもありません。
いかなる大きな感情であっても、それを善行として留め置くのは、平常心がなせる業です。
それこそ、平常心が強くても、人の心は期待もするし、不安も感じます。

不安を感じる時に服んでおきたい漢方薬とは、
不安で肝気虚に陥るのを防ぐ漢方薬、肝の平常の気を保つ漢方薬を意味します。
それには例えば、桂枝加竜骨牡蛎湯や半夏厚朴湯、甘麦大棗湯、
あるいは温胆湯、抑肝散加陳皮半夏などに一服の価値があります。

期待と不安は表裏一体。
期待で胸が高鳴るのと、不安で胸が怯えるのは、
表面的な面では違いがありますが、良くも悪くも
心を煩わす(患わす)という点で、本質的にはよく似た状態でもあります。
期待で胸躍る。聞こえは良いですが、
その実、躍らされる(そう仕向けられる)ことも少なくありません。

陽極まれば、陰となる。
善とされる期待も、極まれば強い不安に転げるリスクが強くなります。
特に周囲の人からの期待は、適度なものなら高揚感を与えますが、
過度になると振り回され、プレッシャーとなり、逆に当人を押し潰します。
そういう面でも、期待と不安には明確な境界が存在しません。
今感じている感覚は、単なる期待なのか、
それとも期待から緊張、あるいは不安へと転じているのか。
そういった事には、感情(=期待)の大きさと共に、
当人の精神面(=メンタル面の強さ)が寄与しています。
感情が膨らみすぎると、精神面は及ばなくなりますが
一方で精神面が未熟だと、一時の感情に振り回されるリスクも大きくなるという訳です。

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漢方では、人を動かすエネルギーには3種類があると言われます。
即ち、精、気、神。合わせて三宝。
この内、今回の話に関わるのは気と神です。
簡単に言うと、気の動きは期待に動く心身の反応を、
神はそうした気の動きをコントロールする精神面を意味します。
そして期待で胸躍るとは、気が昂ぶりすぎて、
神のコントロールが及びにくい状態と推察されます。

なお、そうした状態に表現したものに「武者震い」があります。
強い興奮や期待による気の昂ぶりは、余剰なエネルギーを生み、
行き場がないエネルギーは、体を不自然に震わせてしまいます。

期待で胸躍る時に服んでおきたい漢方薬とは即ち、
期待によって生じた余剰なエネルギーを緩和する漢方薬、
あるいは、期待で神が緩みすぎるのを防ぐ漢方薬を意味します。
それには例えば、抑肝散加芍薬黄連や酸棗仁湯、柏子養心丸
あるいは桂枝加竜骨牡蛎湯や牛黄清心丸などに一服の価値があります。

新生活が始まる時期。一人暮らし。社会人デビュー。
多くの方は、期待と不安が半々の、複雑な心境かもしれません。
それだけを切り取って見ると、不安定な状態にも見えますが、
その不安定さは、貴方一人だけが感じるものではありません。
新生活を始める方であれば、多かれ少なかれ伴う現象です。

しばしば「期待と不安は、表裏一体」と言われます。
漢方でいう表裏一体は、陰陽の関係を指しますから、
さしずめ、期待を陽(の感情)とするなら、不安は陰(の感情)。
ですから、期待と不安が入り混じること自体は悪い現象ではなく、
むしろ自然なこと(=陰陽を伴うこと)、人間らしいことにも感じます。

ただし一方で、物事の「不安定さ」と「危うさ」も、また表裏一体の関係にあります。
不安定でも、それをコントロールするだけの能力があれば、危うさは十分に小さくなります。
けれど一度コントロールが及ばなくなると、不安定な心は途端に危うさが増幅されます。
そのきっかけは必ずしも特別なものでなく、新社会人にありがちな失敗、
自信の喪失、仕事とプレイベートの板挟み、一人暮らしの寂しさなど。
新社会人や新生活には、そうした存在が及びやすい点も、また事実かもしれません。

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漢方の視点で考えると、期待と不安が入り混じった心境は、
肝の不穏によると見立てることができます。
「妙にそわそわする・・・」、「あぁ、不安になってきた・・・」なども、
肝の不穏を反映したものです。
一方で、そうした心境に及ぶ危うさは、
肝を取り巻く腎・心の不和と見立てられます。
五行説では、腎は水、心は火を主る部分であり、
腎と心の関係が乱れると、それに挟まれる肝(木)に被害が及ぶという関係にあります。

新生活に服んでおきたい漢方薬とは、
肝本来の健やかさを養い、腎と心の良好な関係を保つ漢方薬を意味します。
それには例えば、柴胡桂枝乾姜湯や桂枝加竜骨牡蛎湯、
あるいは逍遥散、苓桂朮甘湯加牡蛎、六味丸などに一服の価値があります。

人の感受性を表した言葉に、神経が細い・太いというのがあります。

神経が細いことは、しばしばマイナスの印象に捉えがちですが
読みを変えれば、神経が細い=神経が細やかということ。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」の通り、そういう神経の細さは、
むしろプラスの要素となり、対人関係でも重宝する特質です。
そういった細さは、その人の性格を反映した面もあり、
太くするということは難しい。けれどそれで構わない訳です。

けれど一方で、神経が人並みに太い人が、
何らかの経緯で神経を細くする(=痩せさせる)ケースがあります。
社会的なストレス。近隣住民との対人関係。ネットワークでの書き込み・中傷。
今の社会には、神経を細くする要素が増えています。
そういう要素の存在がすぐに、神経の細さに及ぶ訳ではありませんが、
一旦に神経が細くなれば、歯止めが利きにくい環境である面もまた事実です。

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大らかさと繊細さ。漢方では、人が持つ二極の気質を陰陽で解釈します。
ちなみに、大らかさは陽を、繊細さは陰をそれぞれ象徴しますが、
神経が細くなるとは、①本来の大らかさが欠けること(陽虚)
②繊細さに歯止めが利かなくなること(陰虚)のいずれかと推察されます。
即ち神経が細くなるとは、その人が本来(=性格的に)持つべき
陰陽の調和を欠いた状態を反映している訳です。

神経の細さに服んでおきたい漢方薬とは即ち、
その人本来の大らかさ・繊細さの調和を整える漢方薬を意味します。
それには例えば香蘇散や温胆湯、帰脾湯
あるいは桂枝加竜骨牡蛎湯などに一服の価値があります。


漢方薬と言えども、さすがに人の性格まで変えることはできません。

けれど、人の性格に同伴する存在=気風へのアプローチは可能です。
漢方薬のおかげで、ずいぶん穏やかになった。
そう感じさせるのは、人の性格ではなく、気風がなせる業だと思います。

人の性格は、体質や性質と同じく、簡単に変えることはできません。
幼少期にインプットされたものは、老いるまで引き継がれてます。
「年をとって丸くなった」と言いますが、皆がその通りにならないこともまた事実です。
性格を改変するのには、長い年月と、性格を変えさせるような濃い経験が必要になります。

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対して、気風には定まった形がありません。
穏やかなときもあれば、尖るときもあります。
当たり前の話ですが、優しい人だって、怒るときは怒ります。
その怒りは性格に由来しておらず、
「頭にきた!」という瞬間の気風に誘発されて起こります。(俗に言う、沸点が高い怒り)

心身一如に根ざした東洋医学。
人の気風(=心)を整えるには、やはり体を巡る気を整えるに尽きます。

新元号の典拠で話題になった万葉集の和歌
気淑く風和ぐ・・・。「空気が良く、風は和らいでいる」の意味ですが、
人の気風にも同じことが言えるのではないでしょうか?
体内の良好な気の巡りが、気風に和らぎをもたらす
和やかな気風は、性格をオブラートに包みこむ。

それをしばしば、性格が良くなったと感じるのだと思います。


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