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これまで漢方について色々とお話してきたのですが、中には少し難しく捉えてしまっている人もいるのではないでしょうか。
概念や形式ばかりだと、わかりにくい部分が多いかもしれません。ですが、私たちは案外、意識しなくとも漢方の考え方を取り入れていることも多いのです。


それが顕著に現れているのが、中華料理です。
食品と生薬を区別することなく、一律に食材として使われたその料理は、味や匂い、見た目で楽しませてくれるだけではなく、薬効を発揮するものも少なくありません。


以前にも紹介しましたが、漢方では「証」という私たちの身体の状態や性質を測るものさしが重要視されています。
その中のひとつ、「熱証」と「寒証」には次のような特徴があります。

<熱証の特徴>
・汗をよくかき、薄着が多い
・ほてりが強い
・よく喉が乾き、冷たい飲み物を好む

<寒証の特徴>
・冷え性で、厚着が多い
・顔が青白い
・あまり水分を欲せず、温かい飲み物を好む


実は体質だけではなく、私たちが普段食べている食材も熱・温と寒・涼のタイプに分けることができます。
例えば、かぼちゃや生姜、黒砂糖や鰻などは熱・温性に分類されます。そして、夏に取れるような食材、スイカやトマト、きゅうりなどの野菜やあさりや蛤などは寒・涼性に所属します。

これだけを見ると、熱性タイプの人は熱・温性の食材を避けるたほうが良いのか疑問に思うかもしれません。
しかし、料理は一つの食材だけで成り立つものではなく、スパイスや他の食材を組み合わせることで成り立っています。双方の特性を持つ食材や調味料をうまく組み合わせることで中和させたり、相乗効果を出したりしているのです。


これらの特性を生かし、日本人がよく実践している食べ方があります。
その一例が、天ぷらに大根おろしを添えて食べる方法です。

温性である油を使った天ぷらと、生野菜である寒性の大根おろしを組み合わせて食す文化は、まさに理にかなった食べ方といえます。



そもそも漢方薬の原料となっている植物や鉱物などは、乾燥された状態で保存されています。そのまま齧ったりして口にするわけではなく、生薬として他の材料と組み合わせるためには、再び水と混じりあって煎じ、抽出していくわけです。

ここまでみていくと、料理を作る過程とあまり変わらないような気もしてきますね。
そこが、漢方のいいところなのです。
化学合成された薬と比較して、自然な形で抽出されて作られたものなので、吸収されやすく自然に作用していくことになります。

従って、漢方薬を作るということは、詳細なレシピを元に料理を作ることとなんら変わりはないのです。

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漢方薬は西洋薬と違い、独特の名前がつけられていますね。
漢字を用いたその名前のつけ方には、実はいくつかの法則があります。
その法則を踏まえた上で漢方薬の名前を眺めると、なるほど〜と思えることもあるのではないでしょうか。


●漢方薬を構成している主な生薬に由来しているもの
漢方薬は何種類かの生薬から構成されていますが、それら生薬の中でも要となる生薬の名前をとってつけられたものがあります。

例えば、有名な葛根湯にはいくつかの生薬が含まれていますが、その名前は骨幹を為す葛根という生薬を用いていることに由来しています。


●漢方薬を構成している生薬の名を連ねたもの
単一ではなく、構成しているいくつかの生薬名に由来した漢方薬も存在します。多くの場合は芍薬甘草湯のように2種類ほどの生薬をとってつけるのですが、中には欲張って全ての生薬名を使っているものもあります。


●漢方薬を構成している生薬の数に由来したもの
構成しているいくつかの漢方薬の中で、主要となる生薬を決めかねる場合は配合されている生薬の数を元に、名前をつけることがあります。

例えば、六味地黄丸は八味地黄丸などがそのような名付け方をされており、それぞれ含まれている生薬数は6種類と、8種類になります。


●効能効果を表してつけられたもの
漢方薬の種類が増え、漢方薬の作用等が医学的に理論付けられたことを受け、最近では効能効果をあらわした漢方薬の名前も増えてきました。

よく知られている漢方薬では、気を補い元気をつける効果をもつ補中益気湯や、女神散といって女性特有の疾患に効果を発揮するものがあります。


●四神に由来するもの
四神とは、中国の神話において季節や東西南北を司る神獣であり、北の玄武は冬、東の青龍は春、南の朱雀は夏、西の白虎が秋をそれぞれもたらすとされています。

夏のほてりや乾きに効果を発揮する白虎湯はその代表的な例であり、成分の中に含まれている石膏の色も名前に由来しているようです。



このほか、生薬と漢方薬の効能効果を同時に表しているものや、病気や病態が、漢方薬の名前に記されているものもあります。




漢方薬の名前はとっつきにくいと思われがちですが、実はその由来を知ると奥深い世界が広がっています。
ぜひ、自分の愛用している漢方薬を皮切りに、その成り立ちを調べてみてはいかがでしょうか?

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これまでに3度自然妊娠されたようですが、3回とも8週~10週のうちに心拍が停止したといいます。体質は、身長158㎝体重69㎏とやや太めで、顔色は赤黒く、足の冷え、肩こり、便秘、頭痛があります。婦人科で、子宮にいくつかのポリープが見つかり、除去したといいます。チョコレートやケーキなどの甘いものを好みます。
 漢方薬の桃核承気湯を調合しました。飲み始めていくと、便秘、肩こり、足の冷えなどが徐々に改善していきました。漢方薬を飲み始めて半年後、自然妊娠されました。漢方薬を桂枝茯苓丸加大黄に変え、芎帰膠艾湯と併用してもらいました。10週が過ぎても赤ちゃんは元気に育ち、そのまま出産まで漢方薬を服用し、元気な赤ちゃんが産まれました。

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古代中国における食医の役割とは?


生きるということは食べることであり、食なくして生きていくことはできません。
そんな当たり前のことを最近は、忘れがちになっていることはありませんか?

時には暴飲暴食をし、そして体型を気にして過度なダイエットに励む。
そのような食生活をしていては、健康的な体は遠のいていき代わりに病の足音が忍び寄ってくることでしょう。


と、少し脅しをかけてしまいましたが、私たちが食べているものが体を作っていることは事実です。
つまり、健康な体になれるかどうかは、食生活の内容によって大きく左右されるのです。


かつての中国で、このような考え方をまさに言い当てているような職が存在していました。
それは、食医という人たちです。

古代の中国、周の時代まで遡りますが、かつて“食医”と呼ばれる人たちがいました。
彼らは、皇帝の食事を作ったり管理することで、疾病を治したり、健康を維持させることに大きく貢献した人々です。

この時代の制度や習慣を載せた「周礼」という書物にその言葉が出てくるのですが、食医のほか薬を用いて内科的治療を施す疾医、メスを使って外科的治療を行う傷医、そして動物を扱う獣医の存在についても言及しています。
この中で最も地位が高かったとされるのが食医でした。

当時から、食に対する考え方がいかに重要視されていたかがわかりますね。


またもうひとつ、食にまつわるエピソードがあります。
清朝最後の皇帝である宣統帝が、わずか3歳で即位した当時を振り返った書物には「幼少時の空腹が辛く厳しいものであった」との記載があります。
それは決して物が不足していたわけではなく、食生活が厳しく管理されていたということを裏付けているのです。


確かになるほど、そう言われてみると漢方で用いられる生薬には、普段の食事で口にしているものも少なくありません。

例えば、生姜やシナモンなどはそれの代表ですし、その他にも実に様々なものが使われています。
漢方薬だから、料理だからと使い分けるのではなく、明確な線引きをせずに素材の特性を大事にしている漢方には非常に奥深い世界が広がっています。

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江戸時代に入ると鎖国が始まり、大陸との交流や貿易には制限がかかります。
医学も例に漏れず限定的な情報しか得られなかったため、日本独自の考え方や治療法が発展していくことになりました。

漢方からは横道に逸れてしまいますが、日本の医学史にとって非常に重要な部分になりますので、少しだけ触れていこうと思います。

〜優れた産科の技術〜

江戸時代に活躍した医師のひとり、賀川玄悦は産科の医師であり、賀川流産科の祖とも呼ばれていました。その所以は、産科に手術を取りいれたり、鉗子分娩などの助産術を独自に考案するなど、多くの難産を救った点にあります。

彼が、産科医としての長年の臨床経験を元に著した「産論」は、後に日本へ訪れたオランダのシーボルトによってヨーロッパへ紹介されたほど高い評価を得ている書物です。

もうひとつ、賀川玄悦は正常胎位の発見という大きな業績を残しています。
それまで出産時には、胎児が回転することで頭が下へ向き、分娩に至るという考え方がなされていました。彼はそのような固定概念にとらわれず、自らの目で観察、考察して導いたことは賞賛に値します。


〜世界で初めての全身麻酔〜

華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がん摘出を行った外科医です。
実に、欧米でクロロホルムを用いた全身麻酔がなされる40年も前の話になるのですが。

以前、京都で外科医として診療に当たっていた華岡青洲は、中国で麻酔薬を使った手術が行われていたという話を耳にします。それを聞いた彼は、自分も麻酔薬を使って多くの命を救いたいという強い気持ちを抱き、実現するために邁進していきます。

詳しい研究内容については残されていませんが、試作した麻酔薬は患者に使用する前に、彼の母親と妻の身体を使って効果を確認していたとされています。こうして完成した麻酔薬は多くの患者を救い、彼の名は日本だけではなく世界の医学史にその名を馳せます。

しかし、これだけ大きな業績を残しながら、彼の著書はひとつも残されていません。なぜなら、患者と真摯に向き合い、個人の状態や症状に合わせて対処することの必要性を説いており、そのためには自身の知識と技術を磨いて向上させていく他ないと考えていたからです。

彼は、医学を学ぶのに近道はない、そう言いたかったのかもしれません。


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