溢れる美味しい食べ物たち
現代日本の私たちは、世界中の高価な食べ物、昔のどんなに身分の高い方でも食べられなかったと思われる美味しいものを、食べることができます。
そうして、甘いものやあぶら、肉、酒、あるいは季節はずれの食品などを、ふんだんにいただく機会が多くなってきました。手に入るとなると、甘いものなどは、なかなかやめることができないものです。
狂言にも、ご主人さまの留守中に、これは毒だから食べないようにと念をおされていた「砂糖」を、からになるまでなめつくしてしまうという話があり、人はもともと「砂糖」好きで、少し前まではぜいたく品であったことがうかがえます。
皮膚科の領域に新たな問題が!

私は子供の頃、誕生日に父が買ってきてくれるケーキに感動し、中学の頃よりお菓子作りに夢中になりました。その頃、市販のお菓子の多くが安い材料で作られていたせいか、上質のバターや粉を買ってきて家で焼くケーキやクッキー、パンがとても美味しく感じられたのです。
でも最近は、パティシエと呼ばれる職人さんのおかげでしょうか、買ってきたお菓子がとても美味しいので、家では作らなくなってしまいました。それほど、美味しいお菓子や甘いもの、かつてなかった食品がいつでも簡単に手にはいるこの頃だけに、皮膚科の領域でも新たな問題が生じているように思われます。
日本食中心の食に
C君は高校生。幼児のころよりのアトピー性皮膚炎で、他院にて、ステロイド外用や抗アレルギー剤内服などによる治療を受けていました。3ヶ月前頃より、滲出液を伴う湿疹局面が、顔面に多発し、抗生物質、抗ウイルス剤、ステロイドのいずれにても改善しないということで当院を受診されました。

初診時、顔面には、湿潤性局面、四肢には苔癬化局面や、漿液性丘疹が多発していました。痩せて、声も小さく、元気もありません。ステロイド外用と抗アレルギー剤内服のみでは軽快しないことを確認したのち、補中益気湯と五苓散内服を加え、10日後にはかなり改善しました。食事日記をつけてもらいますと、甘いパンを1日に何度も食べていることが分かりました。パンの替わりに米を中心とし、漢方で重視する食の注意に従って本来の日本食中心の食に戻すようにしました。
するとどうでしょう。2ヶ月のうちにみるみる白いきれいな肌になっていきました。その後、また、甘いパンを毎日のように食べると再燃します。受診のたびに食事をチェックし、甘いパンを減らしました。1年くらいしますと、この注意が苦にならなくなり、皮膚も悪くならないと、明るい顔で来られるようになりました。
食のいろいろな要素が健康に密接にかかわっています。
甘いものの摂り過ぎは、皮膚のかゆみを増すことが経験的に知られていました。最近では、血糖値の急激な上昇がもたらす細胞レベルでの障害の数々や、腸内細菌叢の変化をはじめ食品が人体に及ぼす影響が科学的に明らかにされつつあります。甘いものに限らず、油脂の種類、食品の作られ方、輸送法、調理法にいたるまで、食のいろいろな要素が健康に密接にかかわっています。
何でも手に入る現代であるからこそ、漢方の知恵を活用し、食の問題に一層の注意を払い、病気を助長する食生活から脱却し、健康度を高める食を目指していきたいと考えます。
文:大阪市立大学大学院医学研究科皮膚病態学助教授
小林裕美先生 / 薬事日報 10079号