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地図から学ぶ、生薬(きぐすり)のふるさと

伊吹山の薬草[4] -甘茶

甘茶はアマチャHydrangea serrata var.thunbergiiから作られます。アマチャはヤマアジサイの葉に甘みを含む変異種です。現在では伊吹山産のアマチャを含め、天城山のアマギアマチャ、韓国の山水菊など20種以上が知られています。生産される甘茶はすべて栽培品からで、長野県、岩手県、富山県などが主な生産県です。糖尿病患者の甘味剤として用いられていますが、メタボリックシンドロ-ムにも役立ちそうです。生薬アマチャは矯味剤として利用されていますが、抗潰瘍活性も知られています。

滋賀県植物誌(1968)のヤマアジサイHydrangea serrataの項目に、伊吹山の美濃側中原に葉を揉むと甘くなるヤマアジサイが分布し、地元の村人はそれを甘茶として栽培しているとあります。この地域は旧春日村(現在は揖斐川(いびがわ)町春日)の笹叉地域に相当する地域であり、かつて笹叉地域の村人が自生する甘みのあるヤマアジサイを移植したようです。戦後植林が盛んに行われた頃から、アマチャ用に作られた山腹の栽培畑もスギの植林地となっています。今でもそれらの植林地内には当時栽培されていたアマチャの生き残りがあり、アマチャの採取が行われています。中山地区に最も多く見られます。

春日中山地区のアマチャ
[中山地区のスギ植林地に残存していたアマチャをモリモリ村薬草園に移植する]

旧春日村での薬草栽培と売買が詳細に記された売掛帳、買掛帳が見つかり、当時の薬草事情が明らかになりました。中でも小寺甚五郎の一代記は61才(1928年)で書かれた物で、その頃の薬草を含む商品の全容が明瞭に知ることができます。その中でアマチャは重要な商品の一つであったことがよくわかります。


小寺甚五郎 一代記

昭和参年拾二月
我一代記 小寺甚五郎 年六十一才

・・・略・・小寺甚五郎ハ明治元年十月十日生辰年今年六十一才ニ候。 今以ニテ無事ニテ今迄ニ・・・略・・・私シノ父上名ハ寅蔵ト申シテ出商売ヲ致シマシタ。 此当地に作リトル薬子ルヰ但シ当帰、川キュウ、ボウふチャンぼこ。 シャク薬甘茶百草ショマ。カロウコン。カン木イケマ。ウドノキョウカツ。ゼンコ。あザみノね。 ごひつナドトなんでデモ当地デトレル薬草るいヲ商売ニシテ私シラヲそダテテクレマシタ。 スルト明治十五年ニ笹叉ニテ当帰ボウふ四拾何ノヨ買入京大坂地ゑ送り出候当処先方安クテ買えヨリ一〆ニ付十銭モ安ク大坂度生町(ドショウ)ニテ売付大そん致タ事有・・・・

小寺甚五郎 一代記

現在も旧春日村では四月八日のお釈迦様の誕生日をお祝いする灌仏会(花まつり)には、自製の甘茶を用いています。その頃になるとお寺の正面に、お釈迦様を祭った小さな家が飾られます。レンゲやツツジの花などで飾られた御輿様の器です。その中央部(たらい)にお釈迦様が鎮座されており、当日は甘露の法雨のかわりに甘茶を誕生仏に注ぐのです。そして甘茶を飲ませていただくのです。このような習慣は江戸時代からで「生まれたばかりのお釈迦様、九つの頭を持った竜が香ばしい水を吐き、産湯を使わせた」と言う伝説から始められました。(現在は写真にあるツツジの花を見て分かるように、1ヶ月遅れの5月8日に執り行われています。)

お釈迦さんと甘茶

春日村での甘茶は8月頃に葉を採取します。採取した葉をむしろに広げて天日で乾燥させます。乾燥した葉をタライに入れて熱湯をかけ、揉んでアクを出します。揉んだ葉を袋や麻布で包み、むしろをかぶせて発酵させます。発酵させた葉をむしろに広げて、天日で乾燥させてできあがりです。8月に採取した葉を天日で乾燥し、そのまま保存し、必要な時に発酵させて用いているようです。

甘茶の甘味成分はフィロズルシンです。砂糖の約400倍の甘さがあります。植物中に含まれているときは配糖体(グルコフィロズルシン)で、これ自身には甘みが無いので加水分解させてフィロズルシンを遊離させて用いるのです。加水分解は植物中に含まれる加水分解酵素を利用するのです。ヤマアジサイの中でも特にフィロズルシンを多く含む物がアマチャと呼ばれています。そのアマチャが伊吹山には多いと言えます。初夏に伊吹山に登り、ヤマアジサイを見つけて葉をよく揉んで口の中で噛んでいると甘くなる種類がありますが、之がアマチャなのです。

アマチャとして栽培されているものは、その甘みを維持するために「挿し木」の手法で増殖させます。種子から蒔いて出てくる苗にはいろんなタイプ、すなわちフィロズルシンを含む物、全く含まない物が現れるので「挿し木」の増殖が佳いのです。

文:岐阜薬科大学名誉教授 水野瑞夫先生

先生の紹介

プロフィール

岐阜薬科大学名誉教授 水野瑞夫先生
岐阜薬科大学名誉教授
水野瑞夫先生

略歴

  • 1929年5月8日岐阜県に生まれる
  • 岐阜薬学専門学校卒業(1956) 薬学博士
  • 岐阜薬科大学に奉職(1956)--教授(生薬学教室)、学長(第7代)
  • 岐阜薬科大学名誉教授(1997)
  • 中国薬科大学及び中国科学院武漢植物研究所客員教授
  • 自然学総合研究所会長
  • 日本食品研究振興財団理事、三栄源エフエフアイ有用植物研究所顧問
  • 伊吹山薬草サミット実行委員会顧問
伊吹山に関する著書
  • 『伊吹山の薬草-基礎と応用-』(1997)
  • 『春日村の薬草-伊吹山の薬草利用-』(1998)
  • 『薬草の宝庫伊吹山』(1999)

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