徳川家康 (1542-1616〈享年75〉)の泣くまで待とうホトトギス 長寿学
「泣くまで待とうホトトギス」とは、天下を取るには、競争相手より長生きしよう。ということでありましょう。そのためには、当時の医学である漢方理論における、生まれ持った元気「先天の氣」の臓である腎臓の衰えに気を遣い、わざわざ林羅山を長崎までつかわせ入手した中国の処方集の「和剤局方(1107~1110年)」や 李時珍の本草書「本草綱目(1596年)」などを読み漁り、製薬器具の
霊薬「
家康は、「長命こそ勝ち残りの源である」と、健康の源である食にはたいへん気を遣っています。陰陽五行論でいう「腎虚」に拘り、食も麦飯を主食にするなど普段から粗食に徹し、旬の食材や駿河湾の新鮮な魚など、その土地の食材を好んで食していたといわれています。他に、兵糧丸、干し飯、焼き味噌、黒ゴマや黒大豆を食し、「
予防医学の源「未病」「食医」「上工は未病を治す」 健康も病も その回復も食事から
併せて、家康は「未病」に気を遣って病気予防に心がけました。未病とは「
食医の職は、健康障害(疾病)が起きてから治療するのではなく、普段から日常の食に配慮して疾病を起こさせないようにする医師とされていました。現代の薬膳につながる食事学でしょうか。全て親・地域の躾であり、親は食医であります。地域は地医であり、地育・知育も重要です。生活習慣に問題が無ければ、健康でおられるし、健康寿命は延びる。生活習慣病ではなく、生活習慣健康(健康寿命)であります。日常の食事こそまさに良薬です。生活習慣病は食事から、その食事は生活習慣で決まります。運動・休養・医療も健康に重要な要因ですが、健康は食事から、健康回復も食事からです。同様に、病は食事から。食事は副作用のない良薬です。
「織田がつき羽柴がこねし天下餅 すわりしままに食ふは徳川」という狂歌があります。信長、秀吉より長生きし、300年の礎を築いた家康は、決してタナボタで天下を掌中にしたのではありません。
あーだこーだの安上がり健康術は、
色好み食事学
日本人の健康を支えてきたのは、未病の心得に通ずる、色好み食事学であると思っております。漢方、中医学の五行論の五臓(肝・心・脾・肺・腎)は、五色(青・赤・黄・白・黒)、五味(酸・苦・甘・辛・
神田 博史先生
詳しいプロフィールはこちら >
略歴
厚生省国立衛生試験所 生薬部
元 広島大学 薬学部 准教授・薬用植物園園長
元 安田女子大学 薬学部 教授・薬用植物園園長
元 広島国際大学 薬学部 教授・薬用植物園園長
元 広島国際大学 医療栄養学部 教授
内閣府地域活性化伝道師