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病気の悩みを漢方で
1.過活動膀胱(過敏性膀胱)
過活動膀胱(overactive bladder:OAB)は、頻尿と強い尿意(尿意切迫感)を伴う症候群です(図1)。時には、がまんしきれずに尿が漏れ出ることがあります(切迫性尿失禁)。
2.過活動膀胱(頻尿)の漢方医療
過活動膀胱の診断基準では頻尿の原因になる下部尿路を支配する神経の異常や骨盤内のがん、下部尿路の基礎疾患を除外します。
そのため過活動膀胱は病変の軽度な下部尿路症状が主体になりますので、漢方製剤の良い適応になります。
なお日常診療では膀胱尿道炎や前立腺肥大症を含めた頻尿治療になります。
過活動膀胱の頻尿は漢方の淋証(リンショウ)に相当します。淋証は頻尿や残尿感、排尿痛などを伴う排尿異常病態です。
淋証には1)膀胱や尿道の炎症病態(湿熱 シツネツ)と2)加齢による体液の漏れを抑制する機能の低下(腎虚 ジンキョ)による炎症の軽微な病態が含まれます。
過活動膀胱の漢方治療では淋証の治療を主体にしながら、背景となる全身病態も考慮して方剤を選びます(後述の図4)。
3.淋証(1. 湿熱 シツネツ)
炎症病変を含む淋証には湿熱を軽減する方剤が使用されます(図2)。
図2の3方剤の配合生薬は漢方薬名の意味:竜胆瀉肝湯で比較しています。
炎症の軽微な過活動膀胱の頻尿には猪苓湯(チョレイトウ)が用いられます。本方は口渴、胸苦しさ、下半身のむくみ、下痢、不眠を伴う病証に適します。
※ 猪苓湯と併用される方剤:
1)皮膚の乾燥を伴う時には六味丸(ロクミガン)や四物湯(シモツトウ)
2)排尿時の痛みを伴う時には芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)
3)冷えると頻尿が増悪する場合には苓姜朮甘湯(リョウキョウジュツカントウ)や当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)
4)精神神経症状を伴う心因性頻尿には加味逍遙散(カミショウヨウサン)
5)長引く場合には桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)など。
4.淋証(2. 腎虚 ジンキョ)
腰痛や重だるさ、足腰の衰え、乾燥病態を伴う淋証には補腎薬(ホジンヤク)を含む方剤の適応になります。
4.1)八味地黄丸(ハチミジオウガン)と牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)は、腎虚による夜間頻尿などの排尿異常に適します。排尿異常(1)を参照してください。
牛車腎気丸は八味地黄丸に牛膝(ゴシツ)と車前子(シャゼンシ)を加味した方剤で、下肢のむくみやしびれの強い時に適します。漢方薬名の意味:牛車腎気丸を参照してください。
(切迫性尿失禁の改善効果は顕著ではない)
牛車腎気丸は男性の前立腺肥大に使用される方剤ですが、女性の過活動膀胱にも用いられます。『女性下部尿路症状診療ガイドライン』に掲載されています。
※ 地黄を含む補腎剤と併用される方剤:
1)腎虚に伴う冷えも頻尿の誘因になります。冷えと胃腸症状を伴う時には補気散寒剤の人参湯(ニンジントウ)や安中散(アンチュウサン)が併用されます。
2)乾燥傾向と便秘を伴う時には潤腸通便剤の麻子仁丸(マシニンガン)が併用されます。本方の原典には頻尿に用いることが例示されています。
4.2)清心蓮子飲(セイシンレンシイン)は胃腸症状や精神的ストレスによる不安やいらだちなどを伴う過活動膀胱の頻尿に適します。
主薬の蓮肉(レンニク:図3)が本方の適応症状の軽減に寄与します。
本方は、胃腸機能を調える人参や黄耆(オウギ)を含み、胃腸症状を惹起する地黄を含みません。これが本方と地黄を主薬とする前項の補腎剤との相違です。
本方と牛車腎気丸は、漢方薬名の意味:清心蓮子飲で比較しています。
5.過活動膀胱の全身病態
過活動膀胱は、男女にかかわらず発症します。高齢の男性は前立腺肥大症と深く関係します。女性では図4の2-5)項のような多様な誘因で発症します。
過活動膀胱の漢方治療では、図4の病態の関与があれば、淋証の治療方剤に併用することを考えます。
尿漏れの日常対策
膀胱訓練:膀胱の蓄尿量を増やす
自宅で尿意を少しがまんして排尿回数を減らす。
(但し、がまんしすぎるのは禁物です)
骨盤底筋の筋力維持:排尿を抑える力をつける
仰向けに寝て膝を立て、男性は尿道を締め、女性は肛門や腟を締める
訓練をする。
日常生活
下半身を冷やさない。便秘に気をつける。
(2022年5月6日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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