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病気の悩みを漢方で
認知症の漢方
1.軽度認知障碍(MCI:Mild Cognitive Impairment)
軽度認知障碍(MCI)は、物忘れ以外は認知機能の異常がみられず、日常生活はなんとか過ごせる状態です。健常状態と認知症の中間の段階です。
MCIは精神的・社会的フレイルに相当します。フレイルは、高齢者の健常状態と要介護状態の中間状態です。フレイル(1)を参照してください。
MCIは、この段階で適切な予防や治療を行えば認知機能の改善や認知症の発症を遅らせることが期待できます(図1)。フレイルと同様に回復可能です。
3.平肝熄風剤(ヘイカンソクフウザイ)
平肝熄風剤は、肝陽上亢(カンヨウジョウコウ:肝風 カンフウ)を鎮める方剤です。肝陽上亢は、頭痛、のぼせ、いらだち、めまい、目の充血、耳鳴り、眼瞼の痙攣、肩こりなどから判断されます。主な熄風薬は釣藤鈎(チョウトウコウ)です。
3.1)抑肝散(ヨクカンサン)は、釣藤鈎と理気薬の柴胡(サイコ)と川芎(センキュウ)を含みます。本方は、認知症に伴う興奮傾向の行動心理症状(BPSD)の漢方薬として有名になっています。漢方薬名の意味:抑肝散や認知症(5)を参照してください。
抑肝散加陳皮半夏(抑肝散+陳皮 チンピ、半夏 ハンゲ)は、神経の昂ぶり、興奮、怒り、いらだち、焦燥感、不眠を伴うMCIに用いられています。
抑肝散加陳皮半夏(4週間投与)は、55歳以上の施設の入居者または通院者の認知機能検査日本版 (ADAS-J cog.)スコアを非投与群より有意に改善。
脳血流測定の課題遂行時の酸素化ヘモグロビン変化量は非投与群より有意に高値を示した。
準ランダム化比較試験 精神科. 2013; 23: 130-8.
3.2)釣藤散(チョウトウサン)も、釣藤鈎を主薬とする熄風剤です。頭痛、のぼせ、いらだち、めまい、目の充血、耳鳴りを伴う認知症のBPSDに使用されています。
本方と抑肝散は、認知症(5)で比較しています。
釣藤散はMCIに用いられています。
釣藤散(1年投与)は、健忘型の軽度認知障碍の1年服用後の日本後版認知機能評価点(ADAS-J cog.)スコアを5.4±2.9から4.6±3.4に改善傾向(進行予防傾向)が見られた。頭重感が軽減し、介護者は「意欲が出てきた」と評価した。
症例集積研究 漢方医学. 2010; 34, 265-268.
MCIから認知症への移行率は、一般的に年率10%以上です。この報告のように釣藤散の1年間の服用によってMCIの段階に留まり認知症へ移行しないのは意味があると考察されています。
4.安神剤(アンシンザイ)
安神剤は、心神不安(シンシンフアン)を軽減する方剤です。心神不安は、意識や精神を整える心神(シンシン)の機能失調状態(抑うつ、いらだち、不安、動悸、物音に驚きやすい、多夢、不眠)です。疲労感(1)を参照してください。
4.1)柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)は、安神薬の竜骨(リュウコツ)と牡蛎(ボレイ)と理気薬の柴胡を含みます(図3)。
本方は、抑うつ、いらだち、不安、動悸、不眠を伴うMCIに適します。なお体力の低下した高齢者には、瀉下薬の大黄(ダイオウ)を含まない本方のエキス製剤を使用するのが良いでしょう。
・柴胡加竜骨牡蛎湯は、抑うつ、不安感、動悸、物音に驚きやすい、不眠、
・釣藤散は、頭痛、のぼせ、めまいを指標にして使い分けされます。
両方剤はフレイル(7)でも解説しています。
4.2)帰脾湯(キヒトウ)は、安神薬の酸棗仁(サンソウニン)と竜眼肉(リュウガンニク)と遠志(オンジ)を含む補気補血安神剤です。漢方薬名の意味:帰脾湯を参照してください。
本方は、アルツハイマー病患者の見当識(日付や時刻、場所の理解力)と注意力の低下を改善した報告があります。認知症(6)を参照してください。
4.3)加味帰脾湯(カミキヒトウ:帰脾湯+柴胡 サイコ、山梔子 サンシシ)は、疲労倦怠感や抑うつ感、不安、不眠、物忘れを伴うMCIに適します。
本方には、軽度のうつ症状の意欲減退、不眠を軽減した報告があります。
加味帰脾湯(1~14週間投与)は、軽度うつ病の抑うつ感、胸部圧迫感、意欲減退、不眠、食欲不振を軽減した。
症例集積研究 精神科. 2008; 13: 83-88.
この報告では、加味帰脾湯は抑うつ症状が優位な例に適する賦活系、抑肝散加陳皮半夏は焦燥感が優位な例に適する鎮静系薬剤だと考察されています。
4.4)人参養栄湯(ニンジンヨウエイトウ)も、安神薬・遠志を含む補気補血剤です。
本方は、フレイルの抑うつ、不安を軽減した報告があります。
人参養栄湯(と従来治療の併用:24週間投与)は、フレイルまたはプレフレイル患者の食欲、不安症状、抑うつ症状を対照群(従来治療群)より有意に改善。
ランダム化比較試験 J. Alternative Complementary Med., 2020; 26(8): 750-7.
5.その他の補益剤(ホエキザイ)
5.1)補中益気湯(ホチュウエッキトウ)は、虚弱状態やだるさに用いられる基本方剤です。漢方薬名の意味:補中益気湯を参照してください。
本方は、虚弱高齢者のMCIに類似する症状を軽減した報告があります。
補中益気湯(6週間投与)は、虚弱高齢者の倦怠感、緊張・不安、混乱、怒り・敵意をプラセボ群より有意に改善した。
ランダム化比較試験 Phytomedicine. 2005; 12: 549-54.
5.2)八味地黄丸(ハチミジオウガン)は、牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)とともに生殖泌尿器、運動器の機能低下と目、耳、歯の衰えになどの腎虚(ジンキョ)症状に用いられる補腎剤(ホジンザイ)です。漢方薬名の意味:牛車腎気丸や認知症(6)を参照してください。
腎虚症状を伴うMCIに応用できるでしょう。
軽度認知障碍の早期発見
軽度認知障碍の前兆症状
・同じ話を繰り返す。
・今まで楽しんでいた趣味に興味を示さなくなる。
・ぼんやりしていることが多い。
・車の運転ミスが多くなった。
・約束を忘れることが多い(本人に忘れた自覚はある)
軽度認知障碍を早期に発見するのは身近な人です。
上記に例示したような症状のある家族がいたら、「もの忘れの相談に行こう」と言って、かかりつけ医に一緒に行ってあげてください。
(2023年6月14日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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