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病気の悩みを漢方で
チックの漢方
1.小児のチック
チックは、目をパチパチする、顔をしかめる、肩をすくめるなど本人の意思とは関係なく繰り返す痙攣様の症状です。咳払い、奇声を発するなどの症状も認められます。虚弱児に多い過敏性体質の神経過敏型に分類されています。
2.チックの漢方治療の概要
漢方ではチックの病態は、ストレスうっ積後の抑うつ感(気滞(キタイ)やいらだち(気逆(キギャク)と、その背景にある胃腸虚弱などがあると考えます。
チックの漢方治療ではこれらの病態の経時変化(病期 ビョウキ)を考慮して、
1)症状の顕著な状態では即効性で飲みやすい対症療法的な方剤を用い、
2)症状が落ち着けば虚弱病態を整える方剤で寛解期を維持します(図1)。
3.チック症状の軽減
3.1)甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)は、緊張傾向による不安、心配、夜泣きを伴う幼児のチックに用いられます。夜泣きを参照してください。
本方は、甘草(カンゾウ)と大棗(タイソウ)を含み(図2)、甘くて飲みやすいので漢方製剤に慣れていない幼児に最初に投与する漢方製剤として適します。薬味が少ないので即効性が期待できます。
3.2)抑肝散(ヨクカンサン)は、落ち着きがなく、神経が昂ぶる小児のチック症状やひきつけ、歯ぎしりに頻用されてきました。
本方は認知症の行動・心理症状(BPSD)への応用で有名になりましたが、小児の薬として創案されました。漢方薬名の意味:抑肝散を参照してください。
関連する抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)は、抑肝散の適応病態に胃もたれ、吐き気、腹部膨満感などの胃腸症状が加わった病態に使用されます。
甘麦大棗湯と抑肝散の区別は、困難な場合もありますが、敢えて区別すれば、
・甘麦大棗湯は不安、抑うつ、緊張、依存的で(涙もろい)子どもに適し、
・抑肝散は、かりかりした怒り、いらだち、暴言を伴う子どもに適します。
報告例をみると(甘くて服用しやすい)甘麦大棗湯を先に用いてから、抑肝散や抑肝散加陳皮半夏を併用する症例が多いようです。
※子母同服(シボドウフク):甘麦大棗湯や抑肝散で治療する時には、付き添いの保護者(母親)の心配やいらだちを患児と同時に治療することがあります。
漢方薬名の意味:抑肝散の「ちょっと一言」を参照してください。
4.抑肝散の応用展開
抑肝散をチックに用いた症例報告では服用期間は数ヶ月から6ヶ月に及んでいます。チック症状が軽減してくれば、消化吸収機能の調整や精神神経症状の軽減など全身病態に対応した治療も必要になります。
抑肝散と胃腸を整える方剤との併用例を図3に示します。
5.チック患児の全身病態の調整
桂枝湯(ケイシトウ)の関連方剤は、小児の体調調整に頻用されます。桂枝湯の薬能は広義の補血補気に相当します。
5.1)柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)は、頭痛、肩こり、易感染性傾向の子どものチックの体調管理に適します。抑肝散と併用して内に秘めた怒りが顕在化(爆発)するのを予防します。
本方は味が悪くなく適応範囲が広くいらだち、不眠など精神神経症状や疲労感、食欲不振、腹痛にも適することから虚弱児の体質改善に頻用されています(図4)。
なお本方は、小児だけでなく成人の不定愁訴や、食欲不振や吐き気など消化器症状を伴う亜急性期のかぜにも適します。胃腸かぜを参照してください。
柴胡桂枝湯は、和解剤の小柴胡湯(ショウサイコトウ)と桂枝湯(図5の黄色枠内の5生薬)の合剤です。小柴胡湯(7味)+桂皮(ケイヒ)芍薬(シャクヤク)の9生薬です。柴胡と芍薬は理気剤の基本薬対です。患児の緊張を和らげます。
5.2)小建中湯(ショウケンチュウトウ)は、桂枝湯の芍薬を増量した桂枝加芍薬湯に補気薬の膠飴(コウイ:水飴)を加味した方剤です。漢方薬名の意味:建中湯類を参照してください。
本方は、易感染性、起立性調節障碍、反復する腹痛(臍疝痛)、腹部膨満感や兎のようなころころ便(過敏性腸症候群)などの小児の体質改善に用いられます。根気が続かず疲れ易い状態を胃腸を整えて改善する補剤です。
味が良いので小児に使用しやすい方剤です。夜泣きを参照してください。
5.3)桂枝加竜骨牡蛎湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)は桂枝湯に安神薬の竜骨(リュウコツ)と牡蛎(ボレイ)を加味した方剤です。疲労感(4)で本方と他の安神剤と比較しています。
本方は、神経過敏、動悸、物音に敏感、不安、不眠、多夢に用いられます。朝の調子が悪く倦怠感のある身体と「こころ」を調整する方剤です。疲労感(5)を参照してください。少量の小建中湯を併用します。
チック患児の漢方治療の「第一歩」
小児漢方では、飲みやすい方剤が、漢方治療の「第一歩」になります。
1)甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)が一推です。不安そうな子に
「心配しなくていいよ」と言いながら試しに飲んでもらいます。
2)小建中湯(ショウケンチュウトウ): 腹痛、疲れて根気の続かない子に。
3)柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ): 頭痛、腹痛、緊張している子に。
(2022年9月29日 公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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