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病気の悩みを漢方で

症状と漢方薬

不妊の漢方

(1)女性不妊
(2)男性不妊

1.男性不妊とその対策

 薬局の「子育て相談」には、男性側の要因のある不妊もあります。また中高年男性の健康相談には勃起機能障害(ED: erectile dysfunction)も多いようです。

 EDはインポテンツと呼ばれ、男性の生活の質(QOL:quality of life)の低下や男性側の不妊の要因になっています。

 男性不妊の対策の第一歩は、検査を受けて精液、精子の性状や精管閉鎖などの要因を明らかにすることです。これらの病変が明確な場合は、西洋医学の造精機能障害を改善するホルモン療法を主体になります。このとき漢方医療も補助的に有用です。

 漢方医療の対象となる男性不妊は、体力が低下した人の「特発性造精機能障害」や精神的な要因のかかわる場合です。

2.男性不妊の現代医療における漢方製剤

 男性不妊に対して西洋医学の視点から使用されている医療用漢方製剤を以下に示します。これらには精巣機能や精子運動率を改善する作用も明らかにされています。

3.八味地黄丸(ハチミジオウガン)…疲れやすく腰下肢がだるい人の男性不妊

 漢方医学では生殖機能の低下した病態を腎虚(ジンキョ)といいます。

 疲れやすく、気力が減退し、腰がだるく重く痛み、腰や下肢が冷えしびれ、物につまずきやすく、排尿困難や夜間の頻尿などが腎虚による症状です。

 このような症状を伴うインポテンツや精子数の減少に八味地黄丸(ハチミジオウガン)が適します。本方に含まれる、附子(ブシ)と地黄(ジオウ)、山茱萸(サンシュユ)、山薬(サンヤク)が腎虚を改善する補腎薬(ホジンヤク)です。

 (ジン)に関しては漢方医療の眼・総論(6)五臓を参照してください。

 八味地黄丸は、以下の項目にも記載があります。

 冷えを伴う腰痛:冷え症(4:冷えと腰痛)
 初潮や月経周期の遅れによる「血の道症」:血の道症(5)月経不順(4)を参照してください。

4.補中益気湯(ホチュウエッキトウ)…食欲がなく疲れやすい人の男性不妊

 漢方医学では、体力の低下した人の生殖機能の不足には脾胃気虚(ヒイキキョ:胃腸虚弱)が関係していると考えます。

 右のイラストのように食欲不振で、やる気が乏しく、冷え症、かぜをひきやすい病態が脾胃気虚です。

 このような症状を伴う性欲減退や精子の運動量の低下に補中益気湯(ホチュウエッキトウ)が適します。

 本方に含まれる人参(ニンジン)と黄耆(オウギ)をはじめとして、白朮(ビャクジュツ)、大棗(タイソウ)、甘草(カンゾウ)などが脾胃気虚を改善する補気薬(ホキヤク)です。

5.柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)…精神疲労を伴う人の男性不妊

 漢方医学では男性不妊には、不安感、過緊張、精神疲労、気うつ感などの気滞(キタイ)が関係していると考えます。

 このような精神神経症状を伴うインポテンツや早漏に柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)が適します。

 本方は、血圧の変動を過剰に気にする循環器心身症の動悸や息切れや不眠、ストレス性の円形脱毛症にも用いられます。漢方の向精神薬といわれる方剤です。

 本方に含まれる柴胡(サイコ)、桂皮(ケイヒ)、竜骨(リュウコツ)と牡蛎(ボレイ)が動悸、息切れ、不安、胸悶、不眠、などを軽減すると考えられます。

柴胡加竜骨牡蛎湯は、本態性高血圧(心身症)にも用いられます。高血圧に伴う症状(4)動悸を参照してください。

6.男性不妊に用いられる主な漢方方剤(まとめ)

 男性不妊には、補腎(ホジン)、補気(ホキ)、理気(リキ)が主な治療方針です。

 1)バイタリティー不足(いわゆる精力不足)や機能低下による性欲減退、勃起不全を腎虚(ジンキョ)と診て補腎剤(ホジンザイ)の八味地黄丸(ハチミジオウガン)、

 2)胃腸虚弱による精液不足を脾胃気虚(ヒイキキョ)と診て、補気剤(ホキザイ)の補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)、

 3)精神的ストレスや悩みやマイナス思考による勃起不全や早漏は、気滞(キタイ)と診て理気剤(リキザイ)の柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)を選びます。

7.鹿茸(ロクジョウ)…足腰の脱力感を伴う性欲減退

 男性不妊には動物から調製されたいわゆる強精強壮薬が用いられます。その代表が鹿茸(ロクジョウ)です。

 鹿茸は、鹿(マンシュウジカやマンシュウアカジカ)の角化していない(堅くなっていない)角から調製される生薬です。

 鹿茸は、気力が低下し全身や腰下肢の冷えを伴うインポテンツや遺精などの腎虚(ジンキョ)を改善する代表的な強壮薬です。低血圧傾向のめまい感や不定愁訴(自律神経失調症や婦人更年期障碍)にも用いられています。

 鹿茸人参とともに用いられることが多く、人参牛黄(ゴオウ)、イカリ草エキスにタウリン、ビタミンB群などを配合した滋養強壮薬が市販されています。

 鹿茸は薬用酒としても利用されています。
※疲れやすくいわゆる「精力」の低下した男性不妊を予防する薬用酒。

 鹿茸(ロクジョウ)20g、人参(ニンジン)、山薬(サンヤク)各50gを焼酎(25度のホワイトリカー  1.0~1.8L)に漬けて2ヶ月ほど抽出します。好みに応じて氷砂糖100g程を入れます。

 毎日寝る前に1回20mL程を飲むとよいでしょう。

~ちょっと一言:男性不妊の食養生

 腎虚(遺精、早漏、インポテンツ、元気がない、疲労倦怠感、集中力低下、耳なり、夜間頻尿、腰冷痛、下肢の脱力感)を軽減する食品として、ヤマイモ(山薬の原材料)、クルミ、栗、松の実、ゴマ、黒豆、ニラ、ニンニク、しいたけ、きくらげ、あわび、うなぎ、海老、なまこ、羊肉、鴨肉などが良いといわれています。

 食養生の基本は、偏食せず多くの材料を食べることですが、これらの薬膳理論も少し考慮して食べるとよいでしょう。


病気の悩みを漢方で

谿 忠人 先生

大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了

  • 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
  • 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
  • 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
  • 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
  • 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
  • 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
  • 大阪大谷大学名誉教授。
  • 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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