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病気の悩みを漢方で
総論
1.漢方医療の病期と病位
漢方医療の証(ショウ:病態診断)は、1)どのような人の、2)どのような症状が、3)いつ、4)どこで発症し、5)病理は何か、を指標にして方剤を選びます。
今回は3)いつ(症状の経過・stage:病期 ビョウキ)と4)どこで(疾病の部位:表証や半表半裏証、裏証などの病位 ビョウイ)を考えます。
1)と2)は総論3:虚実と寒熱を参照してください。
2.外感病の病期
外感病(ガイカンビョウ)は、寒さや湿度などの外界の気候現象が外邪(ガイジャ:病因)になって発症する発熱性の疾病です。かぜ(感冒)のような感染症に相当します。
外感病の病期(症状病態の経時的変化)は『傷寒論(ショウカンロン)』に6段階に分けて示されています(図1)。
外感病の病態は、
・表証(ヒョウショウ:体表部症状)から裏証(リショウ:内臓症状)へ、
・身体の上部(肺 ハイ)から中央部(脾胃 ヒイ、肝 カン)を経て下部(腎 ジン)へ、
・外邪の多い病理の実証(ジツショウ)から病理の虚証(キョショウ)および虚証と実証が複合した虚実錯雑証(キョジツキョウザツショウ)に経時変化します。
3.太陽病(表証)の治療
太陽病(タイヨウビョウ)・表証(ヒョウショウ)は急性期の病態です。寒証と熱証があり、辛温と辛涼の解表薬(ゲヒョウヤク)を使い分けます(図2)。解表は、体表の邪気を発散させて除く薬能です(発表や解肌 ゲキとも言います)。かぜ(1)を参照してください。
3.1)表寒証(悪寒≧熱感): 頭痛、肩こり、筋肉痛、関節痛など体表部の症状が主体です。ぞくぞくする寒け(悪寒 オカン)と熱感が同時にあるのが特徴です。
悪寒≧熱感の場合には、桂枝湯(ケイシトウ)などの辛温解表剤(シンオンゲヒョウザイ)で温めて寒証を軽減し結果として解熱します。漢方薬名の意味:桂枝湯を参照してください。
3.2)表熱証(熱寒>悪寒): 咽の発赤疼痛、口渴、咳が主体です。銀翹散(ギンギョウサン:中医方剤)などの辛涼解表剤(シンリョウゲヒョウヤク)の適応になります。
日本漢方では石膏(セッコウ)を含む方剤を使用します。
4.少陽病(半表半裏証)の治療
少陽病(ショウヨウビョウ)・半表半裏証(ハンピョウハンリショウ)は、亜急性期の病態です。往来寒熱(オウライカンネツ)という悪寒と熱感が休止期を挟んで交互に往来する熱型が特徴です。悪寒と熱感が同時にある太陽病との区別になります。かぜ(2)を参照してください。
この時期以降には、小柴胡湯(ショウサイコトウ)などの和解剤(ワカイザイ)の適応になります。和解は、正氣を補う扶正(フセイ)と邪気を除く祛邪(キョジャ)を兼ねた治療法です。漢方薬名の意味:小柴胡湯を参照してください。
図3に少陽病に用いられる小柴胡湯と関連方剤を示します。
柴葛解肌湯(サイカツゲキトウ ≒葛根湯+小柴胡湯加桔梗石膏)は、太陽病と少陽病の発熱、頭痛、口渴に用いられます。かぜ(2)を参照してください。
補中益気湯(ホチュウエッキトウ)は、少陽病から太陰病のかぜ後の倦怠感に用いられます。漢方薬名の意味:補中益気湯を参照してください。
5.陽明病(裏熱証)の治療
陽明病(ヨウメイビョウ)は、熱感、口渴、悶え(煩躁 ハンソウ)、腹部膨満感、便秘を伴う裏熱証(リネツショウ)です。病理の実証が主体の病態になります。正氣の不足は軽微です。
この時期は、石膏(セッコウ)や大黄(ダイオウ)を含む清熱剤の適応になります。
大柴胡湯(ダイサイコトウ)は、少陽病から陽明病の移行期に適した大黄を含む柴胡剤です。漢方薬名の意味:大柴胡湯や肥満(2)を参照してください。
6.太陰病(裏寒証)の治療
太陰病(タイインビョウ)は、腹部膨満感、腹痛、便通不定など消化器症状が主体です。裏寒証(リカンショウ)と脾胃気虚(ヒイキキョ)を併発した病理の虚実錯雑病態です。
人参湯(ニンジントウ)は、冷え症の軟便下痢に用いられる太陰病の方剤です。疲労感(6)を参照してください。消化器領域で頻用されている六君子湯(リックンシトウ)の適応病態も太陰病です。漢方薬名の意味:六君子湯を参照してください。
大建中湯(ダイケンチュウトウ)の適応は太陰病から少陰病です。
桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)は、太陰病の腹部膨満感、腹痛に用いられる方剤です。本方は、小建中湯(ショウケンチュウトウ)などの建中湯類の基本方剤です。過敏性腸症候群(3)を参照してください。
7.少陰病(裏寒証)の治療
少陰病(ショウインビョウ)は、倦怠感、冷え、下痢など新陳代謝が低下した病態です。体力の虚証、腎陽虚(ジンヨウキョ)による裏寒証(リカンショウ)です。
真武湯(シンブトウ)が附子(ブシ:補腎陽)を含む少陰病の冷えと下痢に用いられる主要方剤です。疲労感(6)を参照してください。
麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)の適応病態は、太陽病と少陰病の病態です。かぜ(1)を参照してください。
なお、厥陰病(ケッチンビョウ)は、入院治療が必要な病態です。人参、黄耆や附子の配合された漢方煎剤で対処されています。
8.病期診断の(感冒以外の)活用領域
・鼻炎、花粉症・鼻アレルギー:⇒ 鼻炎(2)。
・湿疹・皮膚炎、アトピー性皮膚炎の皮疹の経時変化:⇒ アトピー性皮膚炎(5)。
・気管支喘息(発作期と寛解期): ⇒ 喘息(1)や(2)。
・慢性閉塞性肺疾患(COPD:咳嗽喀痰期、全身虚弱期):⇒ COPD。
・糖尿病(肥満期、やせて皮膚乾燥傾向の合併症期):⇒ 糖尿病(2)。
肥満期に用いられる防風通聖散(ボウフウツウショウサン)は陽明病に、合併症の糖尿病神経症に用いられる牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)は太陰病に相当します。
糖尿病は内傷病(ナイショウビョウ)ですが、外感病の病期の考えを応用しています。
内傷病は、外邪の関与より正氣の機能失調が主体となって発症する疾病です。憂い、恐れ、考え過ぎなどの感情の乱れ、不摂生、疲労、加齢、体質などが誘因になります。
内傷病には表証(悪寒・発熱)の病態が顕著でなく、裏証が主体です。
現在、漢方製剤が応用されている機能性ディスペプシア、婦人更年期障碍、フレイルなどの疾病が内傷病です。
「いつ」の解釈(補遺)
本稿では、証診断の「いつ」を病期(症状の経時変化)を主体に考えました。
なお「いつ」には「どのような時」に悪化するかという意味もあります。
・冷える時に悪化する。温めると軽快する。・・・⇒ 寒証
・天気の崩れる(低気圧の近づく)時に悪化する。・・・⇒ 頭痛(6)
・寝起き時に調子が悪い。・・・⇒ 起立性調節障碍や釣藤散
・夜間の頻尿。 ・・・⇒ 排尿異常(2)、夜間の咳嗽。・・・⇒ 不眠(4)
漢方相談の時には時間の経過を話してください。症状がどのように変化してきたのか、どのような時に悪化するのか、軽快するのか、が方剤を選ぶ重要な情報になります。
(2024年3月12日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
漢方医療とは
- (1)現代医療における漢方製剤
- (2)漢方薬局における診察
- (3)漢方薬局における診断(1)虚実と寒熱
- (4)漢方薬局における診断(2)気血水
- (5)漢方薬局における診断(3)病期
- (6)漢方薬局における診断(4)五臓
- (7)漢方処方の剤形
- (8)漢方医療と民間療法
- (9)セルメと健康相談
症状と漢方薬
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