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病気の悩みを漢方で
起立性調節障碍の漢方
1.起立性調節障碍(OD: orthostatic dysregulation)
起立性調節障碍(OD)は、起立時に立ちくらみ、めまい、動悸などの循環症状や倦怠感、頭重、腹痛などの不定愁訴が生じる疾病です。
ODは女性に多く、5~6月と夏休み明けの9~10月に相談が増えます。
2.起立性調節障碍(OD)の漢方治療の概要
めまい、立ちくらみの主な病理は水毒(スイドク:痰飲 タンイン、水滞 スイタイ)です。これに加えて、胃腸虚弱、疲労倦怠感、根気が続かない気虚(キキョ)や血虚(ケッキョ)や気滞(キタイ)の病態も絡み合って発現します(図1)。
ODの漢方治療では、これらの病態の経時変化(病期 ビョウキ)を考慮して、
1)症状の顕著な状態では薬味が少なく早く効く方剤で対症療法をして、
2)症状が落ち着けば背景の病態を整えて寛解期を維持します(図2)。
3.ODに用いられる主な3方剤
ODに用いられる主な3方剤は、
1)症状の顕著な時期の対症療法として苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)。
2)初期から亜急性期には半夏白朮天麻湯(ハンゲビャクジュツテンマトウ)が使用され、
3)寛解期の体調管理の主方は補中益気湯(ホチュウエッキトウ)です(図3)。
3.1)苓桂朮甘湯は、動揺性のめまい、立ちくらみ、動悸、頭痛に頻用される方剤です。古典には起則頭眩と記載されています。冷え傾向ですが、頭痛やのぼせ、冷や汗が発作的に現れる病態に適します。めまい(3)を参照してください。
吐き気が顕著な時には五苓散(ゴレイサン)を併用します。
本方は、午前中の体調が良くない傾向の人に適します。この適応病態は「ふくろう症候群」といわれます。⇒ちょっと一言。
本方は、薬味が少なく即効性が期待できます。また味がよいので小児に投与する最初の方剤に適します。
3.2)半夏白朮天麻湯もめまい、立ちくらみに用いられます。胃腸虚弱、吐き気、食後の眠気、冷え症の人に適します。また、悪天候で頭痛が悪化する低気圧頭痛に用いられます。頭痛(6)を参照してください。
本方は、甘草(カンゾウ)を含まないので苓桂朮甘湯より長期に適応できます。
半夏白朮天麻湯と苓桂朮甘湯の使い分けを図4にまとめました。
3.3)補中益気湯は、めまいが主たる適応ではありませんが、OD患者の虚弱状態を改善して寛解期を維持するために頻用されます。全身倦怠感、手足のだるさ、声や目に力がない、易感染性に適します。漢方薬名の意味:補中益気湯を参照してください。
なお苓桂朮甘湯の満量(7.5g:1包2.5gを1日3回、毎食前に服用)で治療している初期段階から、本方を眠前に1回(1包2.5g)を併用することもあります(小児は適宜減量)。
4.全身病態を調整するその他の方剤
4.1)柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)や小建中湯(ショウケンチュウトウ)は、チックの管理医療と同様に、OD患者の胃腸症状と倦怠感などの全身病態の調整に用いられます。
チックを参照してください。
4.2)六君子湯(リックンシトウ)は、胃腸虚弱者の食欲不振、食後の胃もたれを軽減する第一選択薬です。体力維持のための食事療法を支援する方剤です。
本方は、香蘇散(コウソサン:抑うつ、頭重)、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ:不安、抑うつ)、四逆散(シギャクサン:抑うつ、いらだち、腹痛)などと併用して臨床領域を広げる工夫がされています。漢方薬名の意味:六君子湯を参照してください。
4.3)当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)は、顔色不良、冷え傾向(血虚 ケッキョ)と性周期と関連するめまいなどに適します。めまい(2)を参照してください。
本方と理気薬の四逆散(シギャクサン)と組み合わせて、潜在的鉄欠乏に対する鉄剤と食事指導を併用して女性の起床困難、手足の冷え、ODに用いられています。
4.4)連珠飲(レンジュイン)は、補血活血剤(ホケツカッケツザイ)の四物湯(シモツトウ)と苓桂朮甘湯の合方です。桂皮と甘草を含むので当帰芍薬散より発作性の動悸、のぼせ、頭痛のある時に適します(図5)。婦人更年期障碍(9)を参照してください。
連珠飲を服用して熟地黄(ジュクジオウ)による胃もたれや食欲不振が出た時には当帰芍薬散に変方するか、人参湯(ニンジントウ)を併用します。
4.5)十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)は、連珠飲と補気薬の人参、黄耆(オウギ)を含みます。連珠飲の適応病態で胃腸虚弱や倦怠感を伴う時に適します。漢方薬名の意味:十全大補湯を参照してください。
ふくろう症候群(朝寝の宵っ張り)
苓桂朮甘湯の適応病態の人は、午前中の活動性が低く、立ちくらみ、倦怠感、頭重感、吐き気などの不定愁訴が発現します。一方、夜更かしする傾向にあります。これを「ふくろう症候群」と称します。
この「朝寝の宵っ張り」は、OD患者に共通する行動様式です。目覚めた後の交感神経系への切り替えが悪い自律神経失調病態と言えます。
スマホやゲームの睡眠前使用を制限するなど生活習慣の見直しが大切です。不眠を軽減する工夫は、疲労感(5)のちょっと一言を参照してください。
(2022年10月28日 公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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