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病気の悩みを漢方で
八味地黄丸(ハチミジオウガン)
1.八味地黄丸(ハチミジオウガン)
八味地黄丸は、地黄(ジオウ)を主薬とする8生薬の方剤を意味しています。
地黄は、顔色不良や皮膚乾燥傾向(血虚 ケッキョ、津液不足 シンエキフソク)および加齢や長患いによる生体機能の衰え(腎虚 ジンキョ)を補う補血(ホケツ)生津(セイシン)補腎薬(ホジンヤク)です。
このことから方剤名は、本方が血虚、津液不足、腎虚による虚弱状態に用いられることを示唆しています。
腎虚は、乾燥、口乾とほてりを伴う腎陰虚(ジンインキョ)と、新陳代謝活動が低下して冷えを伴う腎陽虚(ジンヨウキョ)を含みます。漢方薬名の意味:牛車腎気丸も参照してください。
八味地黄丸の適応は、腎陽虚が主体で腎陰虚も併存する病態です(図1)。
2.八味地黄丸の適応:腎陰陽両虚
八味地黄丸の適応となる腎虚(腎陽虚、腎陰虚)は、加齢や慢性疾患による冷えを伴う退行性・消耗性の病態です。
2.1)全身の虚弱症状:疲労倦怠感、足腰の冷え、白髪、脱毛、目、耳、歯や骨の衰え、息切れ、皮膚乾燥、かゆみに用いられます。
2.2)運動器機能の低下:八味地黄丸の適応は、足腰の衰え脱力感、躓きやすい、腰痛、下肢のむくみ、痛み、冷え、しびれです。
・腰部脊柱管狭窄症を改善。
Geriatric Med., 1994; 32: 585-591
・高齢者の下半身の冷え、痛みを12週間後に軽減、しびれ、疲労感、ほてりは軽減傾向。
日東医誌., 2021; 72: 368-376
2.3)泌尿器機能の低下:夜間頻尿、排尿困難(尿の勢い低下)、残尿感。
八味地黄丸は、排尿異常(夜間頻尿や過活動膀胱)を改善。
泌尿紀要, 2003; 49: 509-514、日東医誌., 2013; 64: 99-103、2015; 66: 49-53
排尿異常(2)では関連する牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)を紹介しています。
2.4)生殖機能の低下:八味地黄丸の応用例を示します。
・婦人更年期障碍の乾燥病態、腰痛、下肢の冷え。
日東医誌., 2004; 55: 751-762
・加齢男性の性腺機能低下症候群を軽減。
臨床泌尿器科, 2015; 69: 82-87
腎虚に伴う足腰の冷え、痛み、しびれ、脱力感は、男性更年期障碍に限らず婦人更年期障碍にも見られます。婦人更年期障碍(1)を参照してください。
男性の性腺機能低下に関しては、男性更年期障碍(4)も参照してください。
2.5)糖尿病症状:八味地黄丸の応用例を示します。
・糖尿病神経症の下肢しびれ感、脱力。
日東医誌., 1979; 29: 175-182
・高齢者の血糖値安定化(麻子仁丸と併用)。
日東医誌., 2001; 51: 733-739
・糖尿病足潰瘍(桂枝茯苓丸と併用)。
日東医誌., 2014; 65: 13-22
八味地黄丸の適応となる乾燥した糖尿病病態は、漢方の消渴 (ショウカツ、ショウカチ)に相当します(昭和医会誌., 2004; 64: 28-30)。
本方は、糖尿病腎症病態モデルを抑制する基礎研究があります(J. Pharm. Pharmacol., 2005; 57: 1205-1212)。
2.6)八味地黄丸のその他の応用領域
意欲低下、焦燥感を軽減(日東医誌., 1993; 43: 429-437)、慢性喘息患者のステロイド薬を減量(日東医誌., 1999; 49: 639-645)、高齢者の多系統萎縮症による起立性低血圧(日東医誌., 2011; 62: 565-569)、高齢者の突発難聴(日大医学雑誌, 2022; 81: 39-44)、めまいを軽減した報告(漢方の臨床, 2024; 71: 411-414)があります。
3.八味地黄丸の配合生薬と関連方剤
八味地黄丸の配合8生薬を図2に示します。
上段と中段の6生薬は、補腎陰剤の六味丸(ロクミガン)です。八味地黄丸は、六味丸を含むことを示しています。
下段は腎陽虚を補い温める補腎陽(ホジンヨウ)散寒薬の附子(ブシ)と桂皮(ケイヒ)です。この2生薬が、八味地黄丸を六味丸と区別する指標になります。
八味地黄丸の特徴的な配合生薬は、附子と桂皮ですが、この両生薬の補腎陽の薬能を支えるのが、中段の補腎陰の薬能を持つ3生薬です(図3)。
3.1)六味丸は、乾燥とほてりを伴う腎陰虚(腎精不足、津液不足)に用いられます。皮膚瘙痒症(2)を参照してください。
本方が、女性ホルモン薬による口乾、ほてり、盗汗などの虚熱(キョネツ)症状を軽減した報告があります(産婦人科漢方研究のあゆみ, 2017; 34: 155-159)。
3.2)牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)は、八味地黄丸に補腎活血利水薬の牛膝(ゴシツ)と利水薬の車前子(シャゼンシ)を加味した方剤です。排尿異常(2)を参照してください。
本方は、八味地黄丸の適応で下肢のむくみ、痛み、しびれが顕著な病態に適します(整形外科と災害外科, 1995; 44: 219-221)。
本方と八味地黄丸と六味丸は、漢方薬名の意味:牛車腎気丸で比較しています。
本方が、入院中の高齢者の体力低下、低体温、浮腫、骨格筋萎縮を軽減した報告があります(漢方の臨床, 2024; 71: 627-631)。
3.5)清心蓮子飲(セイシンレンシイン)の適応症状(尿が出しぶる、残尿感、頻尿)は、八味地黄丸の適応症状(排尿困難、残尿感、夜間尿、頻尿)と類似しています。排尿異常(2)過活動膀胱を参照してください。本方は、維持透析療法の残尿感、下腹部違和感(日東医誌., 2004; 37: 1515-1518)や、冷えると悪化する過活動膀胱(日東医誌., 2011; 62: 634-637)に用いられています。
本方は、胃腸機能を調える人参や黄耆(オウギ)と、精神的ストレスによる不安やいらだちなどを軽減する蓮子(レンシ:蓮肉)を含みます。
胃腸症状を惹起する地黄を含まないことが八味地黄丸との相違です。
漢方薬名の意味:清心蓮子飲を参照してください。
八味地黄丸の口訣(抜粋)
・専ら下焦を治す。虚労、腰痛、虚腫に効あり。消渴を治するのは此の方に限るなり。牡丹皮、桂枝、附子を合する所が妙用なり(浅田宗伯)。
・疲労倦怠感(虚労)が強い。本方の適応は、元々大柴胡湯を使えるような人が陰証に落ちてきた病態ですから胃腸は弱くありません(三谷和合)。
・腎陽不足を温め補う。腎陽虚は、生命活動(腎陽)が低下した状態。腎陽虚には腎陰虚も併存し、腎陽が腎陰より弱っている状態(三浦於菟)。
(2024年8月22日 公開)
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病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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