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病気の悩みを漢方で
動悸の漢方
1.漢方医療の適応となる動悸
漢方医療の適応となる動悸は、不整脈治療薬を必要とせず、ストレスの関与が大きい自律神経失調症や心身症に伴うものです。
一方、疾患の関与の大きな動悸は、現代科学の検査や治療を優先します。突然死を避けることが大切です。⇒ちょっと一言
2.動悸に用いられる主な生薬と漢方方剤
不定愁訴の動悸は、気血水(津液)や臓腑の失調を考えて方剤を選びます。動悸には、気逆(キギャク)気滞(キタイ)と水滞(スイタイ)という病理の実証(ジッショウ)と、気虚(キキョ)血虚(ケッキョ)という病理の虚証(キョショウ)が絡みます。
動悸におけるこれらの病理を調整する主な生薬を図1にまとめました。
これらの生薬は、動悸に伴う症状群(病理病態)に応じて組み合わせて使用されます(図2)。
3.苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)と関連方剤
3.1)苓桂朮甘湯は、発作性の動悸、頭痛、のぼせの気逆症状や、めまい、立ちくらみ、むくみの水滞症状に頻用されます。
めまい(2)を参照してください。
本方の適応は心下逆満、気上衝胸、起則頭眩に用いることが漢方古典に例示されています。
本方は、気逆を鎮めて落ち着かせる桂皮-甘草と桂皮-茯苓の薬対と、利水補気の白朮-茯苓の薬対を含む利水降気補気剤(リスイコウキホキザイ)です(図3)。
桂皮と甘草(図4)は、心下悸に用いられる桂枝甘草湯(降衝鎮悸)の基本生薬です。
苓桂朮甘湯は、寝起きが悪く午前中の体調が良くない「遅寝、遅起き」の人に適します。この適応病態はふくろう症候群と称されています。起立性調節障碍のちょっと一言を参照してください。
3.2)連珠飲(レンジュイン)は、苓桂朮甘湯と補血剤(ホケツザイ)の四物湯(シモツトウ)を組み合わせた方剤です。冷え症の人のめまい、立ちくらみに伴う動悸に用いられます。フレイル(8)を参照してください。
3.3)芎帰調血飲第一加減(キュウキチョウケツイン ダイイチカゲン)は、苓桂朮甘湯と連珠飲を含みます。
本方は、血証による倦怠感、冷え症、顔色不良、月経不順と、気虚や気滞も調整し産後の神経症や不安、動悸などの不定愁訴を軽減します。漢方薬名の意味:芎帰調血飲を参照してください。
4.苓桂朮甘湯のその他の関連方剤
4.1)苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)は、神経が昂ぶり、発作性で突き上げるような動悸、のぼせ、不安に用いられます。
本方は、苓桂朮甘湯と同じ動悸を鎮める桂皮-甘草の薬対を含みます(図5)。エキス製剤では苓桂朮甘湯と甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)を併用して代用されます。
4.2)当帰芍薬散は、貧血傾向で顔色の悪い人の冷えとむくみを伴う動悸に用いられます。
本方は、苓桂朮甘湯と同じ利水補気薬の白朮-茯苓の薬対を含みます。
さらに血証(ケッショウ:瘀血 オケツと血虚)を整える3生薬(図6の下段)を含むことが苓桂朮甘湯との相違です。
本方は、婦人科領域の冷え症で頻用されています。冷え症(1)を参照してください。本方と連珠飲の配合生薬は、起立性調節障碍で比較しています。
4.3)真武湯(シンブトウ)は、全身の疲労倦怠感と顕著な冷えを伴う、動悸、動揺性のめまい、水様性下痢に用いられます。
本方は、白朮-茯苓の薬対を含みます。冷えを温める附子(ブシ)を含むことが特徴です(図7)。
真武湯製剤の【効能又は効果】に記載された投薬目標は「新陳代謝の沈衰しているもの」です。これは附子(補腎陽、利水)の適応となる腎陽虚(ジンヨウキョ)の病態を示唆しています。疲労感(6)を参照してください。
本方と苓桂朮甘湯、当帰芍薬散の配合生薬は、めまい(2)で比較しています。
以上、今回は動悸の漢方治療の基礎知識と、めまいやむくみなどの水滞の関与の大きな動悸に3種類の病態のあることを考えました(図8)。
なお図2に例示したその他の方剤は、次回以降に解説します。
動悸の漢方治療の前に
漢方医療の適応となるのは病変が軽微で、ストレスの関与の大きな動悸です。
動悸は心室期外収縮、心房細動や甲状腺機能亢進症による症状の一つです。このような動悸は西洋医学的治療が優先される場合があります。
これらを確認するために医療機関での診察を勧めます。受診時に、どんな時に動悸が起きるのか、胸の痛みを伴うのか、心臓の拍動が規則的か、1分間の脈拍が100回程度の頻脈を伴うか、などを説明してください。
また、服用中の薬があれば持参してください。
(2023年10月30日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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