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病気の悩みを漢方で
認知症の漢方
1.アルツハイマー型認知症(AD)の概要
認知症には、血管性認知症と神経変性性認知症があります。認知症(1)を参照してください。
アルツハイマー型認知症(AD)は神経変性性認知症です。アミロイドベータ(Aβ)やタウたんぱく質の蓄積によって脳の神経細胞が変性する疾患です。この蓄積は認知症の診断が確定する15~20年前からはじまっています(図1)。
2.ADの症状と治療薬の現状
認知症には、中核症状と行動・心理症状(BPSD:周辺症状)があります。
中核症状は脳の認知機能障碍による症状です。行動・心理症状(BPSD)は、認知症の経過中に見られる個別性の高い多様な症状群です(図2)。
2.1)症状を軽減する治療薬
現在、認知症の症状を一次的に軽減する治療薬が4種類あります。
1)コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬(ドネペジルなど3種類)
脳内のアセチルコリンの減少を補い神経伝達を促進する薬
2)N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬(メマンチン)
受容体の過剰な活性化を防ぎ、神経細胞障碍を抑える薬
2.2)病態の進行を遅らせるAβ除去薬
2023年12月には新たな抗体薬(レカネマブ)が日本で保険診療で使用されます。これはADの発症に関わるAβに結合し、免疫機能で除去して病態の進行を遅らせる薬です。
期待は高まっていますが、すでに壊れた神経細胞は修復できないので失われた認知機能を元に戻すことはできません。
この新薬(レカネマブ)の適応には使用制限があり、認知症の前段階の軽度認知障碍(MCI)や症状の軽度な認知症です。適切に使うには診断法の普及と副作用の早期発見対策が必要です。専門医と相談してください。
3.認知症の行動・心理症状(BPSD)軽減
認知症の中核症状を完治させることは現状では困難です。BPSDは患者と家族や介護者との人間関係を良好に維持する非薬物療法が主体です。
漢方製剤は、非薬物療法を補助する薬物として活用されています。その際、漢方製剤は、興奮傾向と抑うつ傾向を目安にして使い分けます(図3)。
図3は、症状の寒熱と病理の虚実を判断して方剤を使い分ける考え方です。
3.1): 興奮傾向のBPSDには心火上炎(シンカジョウエン)の漢方病理が関係します。
心火上炎は、ストレスによって熱邪が燃え上がり、動悸、不眠、のぼせ、ほてり、いらだち、口渴を呈する実熱(ジツネツ)病態です。
黄連(オウレン 清心瀉火)や山梔子(サンシシ 瀉火除煩:図4)を主薬とする黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)の適応になります。
3.2): 興奮傾向のBPSDには肝陽上亢(カンヨウジョウコウ)も関係します。
肝陽上亢は、肝血虚によって肝陽が上昇し、頭痛、いらだち、怒り、眼の充血を呈する虚熱(キョネツ)病態です。
釣藤鈎(チョウトウコウ:平肝熄風:図5)を主薬にする釣藤散(チョウトウサン)や抑肝散(ヨクカンサン)の適応になります。認知症(5)を参照してください。
これらの方剤の中では、抑肝散の臨床応用が広がっています。本方の興奮や易刺激性を鎮める効果は、休薬後4週間程度持続することが確認されています。なお中核症状には変化が認められていません。
また、抑肝散は、レビー小体型認知症(DLB)の睡眠中に大きな声で寝言を言うレム睡眠行動障碍や、見えないものが見える幻視を軽減した報告もあります。今後の大規模の臨床研究が待たれます。
DLBは、ADに次いで多い神経変性性認知症です。
3.3): 抑うつ傾向で意欲が低下するBPSDには、人参養栄湯(ニンジンヨウエイトウ)や帰脾湯(キヒトウ)などが適します。
これらは気血両虚(キケツリョウキョ)と心神不安(シンシンフアン)を調整する補益剤です。認知症(6)を参照してください。
なお現代科学医療の治療薬も、図3に示したように、
1)興奮傾向のBPSDには、神経の過剰興奮を抑制するNMDA受容体拮抗薬が、
2)抑うつ傾向のBPSDには、神経機能低下を活性化するChE阻害薬が使い分けられています。
4.認知症の予防方策
高齢の認知症の危険因子の一部は、予防的な方策で軽減することが可能です。認知症の予防的介入は生活習慣病やフレイル(虚弱)の予防方策と重複します。
フレイルに関しては、フレイル(1)を参照してください。
認知症の予防方策では知的活動や社会的交流を増やすことが重要です(図6)。
認知症患者への対応法
ゆっくり、簡潔に、穏やかに話しかける。
長い文章を早口で話すと患者の理解が追いつきません。
「時間の見当識(今日は何日か、今は何時か)」をそれとなく確認する。
祝日にはカレンダーを見ながら「今日は春分の日」ですよ、と声かけ。
(「暑さ寒さも彼岸まで」と会話がはずむ)
物の置き場を決めて張り紙で確認。
「リモコンはテレビの下」、「鍵は電話の横」
DVDや録画で昔のテレビ番組を一緒に見て思い出を語る
懐かしい歌や俳優の名前などで話題がふくらむ。
(2022年9月13日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
漢方医療とは
- (1)現代医療における漢方製剤
- (2)漢方薬局における診察
- (3)漢方薬局における診断(1)虚実と寒熱
- (4)漢方薬局における診断(2)気血水
- (5)漢方薬局における診断(3)病期
- (6)漢方薬局における診断(4)五臓
- (7)漢方処方の剤形
- (8)漢方医療と民間療法
- (9)セルメと健康相談
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