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病気の悩みを漢方で
1.過敏性腸症候群(IBS)の概要
過敏性腸症候群(IBS)は器質的病変の軽微な機能性腸疾患です。主な症状は便秘や下痢を繰り返す便通異常と腹痛、腹部膨満感です。便秘型は女性に、下痢型は男性に多いようです。緊張すると便意が強くなり、排便すれば症状が軽快するのが特徴です。
IBSの発症には脳腸相関(ストレス-脳-消化管)と消化管運動異常や内臓知覚過敏が関係します。脳腸相関は心理社会的ストレッサーに対するいらだちや抑うつ感や不安や緊張が腸管機能を乱すことです(図1)。
現代科学医療では、生活・食事指導や心療内科的な指導と並行して消化管運動調節薬、抗コリン薬などの薬物療法が行われます。
便秘には刺激性下剤ではなく、酸化マグネシウムや糖類下剤が用いられます。
最近、IBSの便通異常の治療薬が開発されました。専門医にご相談ください。
下痢型IBS:ラモセトロン(セロトニン5-HT3受容体拮抗薬)
2.IBSに用いられる主な漢方方剤
IBSの漢方治療は腹部症状や便秘、下痢、混合型の便通異常症状に加えて、冷え、いらだちなど全身病態を考慮して方剤を選択します(図2)
3.桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)と関連方剤
3.1)桂枝加芍薬湯はIBSに対する第一選択薬です。腹痛、腹部膨満感、便秘や下痢の混合型に適します。
・桂枝加芍薬湯は混合型IBSに有効:IBS患者の改善率は便秘型(63.6%) 混合型の便秘(57.1%)混合型の下痢(39.4%)下痢型(54.4%)。
・桂枝加芍薬湯は下痢型IBSに有効:IBSの便秘型より下痢型の腹痛に有意 の改善が見られた。
本方の配合5生薬は胃腸虚弱者の感冒初期に用いる桂枝湯(ケイシトウ)と同じですが芍薬(シャクヤク)が増量されています(図3)。筋緊張による腹痛を軽減(緩解)する芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)の方意を含む方剤です。
3.2)桂枝加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)は便秘型IBSに適します。緩下薬を投与しても腹痛や腹部不快感やしぶり腹が改善されない時に適します。しぶり腹は残便感があり繰り返し腹痛を伴う便意を催す状態です。本方は桂枝加芍薬湯に瀉下薬の大黄(ダイオウ)を加味した方剤です(図3)。
3.3)小建中湯(ショウケンチュウトウ)は便秘が主体の混合型IBSに適します。胃腸が弱く疲労しやすく、顔色がさえず、夜泣きや腹痛、兎の糞のようなコロコロ便の便秘を伴う時に用いられます。大黄を含まない緩下剤です。
小建中湯は桂枝加芍薬湯に膠飴(コウイ)を加えた方剤です。膠飴は麦芽糖を主成分とする水飴です。マルツエキスとして乳幼児の便秘や栄養補給に用いられています。漢方では補中(ホチュウ)緩急止痛薬(カンキュウシツウヤク)です。
本方は桂枝加芍薬湯より冷えと体力の低下が強い病態に適します。また甘くて飲みやすいので小児の便秘に用いられています。漢方薬名の意味:建中湯類を参照してください。
本方は夏ばての体力低下状態にも用いられます。夏やせを参照してください。
4.大建中湯(ダイケンチュウトウ):冷えと腹痛の顕著な便秘
大建中湯は体力が低下した人の冷えと腹痛とガスが溜まり腹部膨満感を伴う便秘が主体の混合型IBSに適します。腸管の動きを自覚することがあります。
本方は補気薬(ホキヤク)の人参(ニンジン)と冷えを温める散寒薬(サンカンヤク)の乾姜(カンキョウ)と山椒(サンショウ)を含む補気散寒剤です(図4)。大黄を含みません。
大建中湯は腹痛が強い時には桂枝加芍薬湯と併用されます。
大建中湯の名称は小建中湯と類似しますが、共通する生薬は膠飴だけです。
漢方薬名の意味:大建中湯を参照してください。
5.当帰湯(トウキトウ)・・・冷えと腹痛と腹部膨満感
当帰湯も体力虚弱な人の冷え、腹痛、腹部膨満感に用いられます。
本方は腹痛を軽減する芍薬(シャクヤク)を含み、抑うつ傾向や膨満感を軽減する理気薬(リキヤク)の厚朴(コウボク)を含むのでストレス関連疾患のIBSの腹部不快感に適します。
大建中湯の応用展開
医療用の大建中湯製剤は、開腹手術後の腸管通過障碍(腸閉塞症:イレウス)に伴う腹痛や腹部膨満感、便秘を軽減するために活用されています。
漢方製剤と現代医療を組み合わせた日本の漢方保険診療の成功例です。
がん(3.術後の諸症状)を参照してください。
(2021年7月16日 改訂公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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