病気の悩みを漢方で

１．不眠に用いられる主な方剤

　今回は不安と夢（心神不安 ｼﾝｼﾝﾌｱﾝ）と倦怠感（病理の虚証：虚労 ｷｮﾛｳ）を伴う不眠に使用する方剤を解説します（図１）。
　心神不安は､不安感､動悸､息切れ､不眠､物音に驚きやすい､夢が多いなどの病態です。前回を参照してください。

　図１右枠の焦げ茶色の言葉は原典に例示された適応症状です。
　　哭（ｺｸ） 大声で慟哭（ﾄﾞｳｺｸ）する。泣き騒ぎ抑制できない情緒不安状態。
　　虚煩（ｷｮﾊﾝ） 血虚などの虚証病態における煩（不安､気の昂ぶり､いらだち）
　　怔忡（ｾｲﾁｭｳ）動悸､驚き､ビクビクする怖れ､落ち着かない､胸騒ぎ､心配。
　　夢交（ﾑｺｳ）　夢の中での性行⇒眠りが浅くなる

２．不安（心神不安）と気の高ぶり（煩）

2.1）甘麦大棗湯（ｶﾝﾊﾞｸﾀｲｿｳﾄｳ）は､不安や抑うつと、一時的に感情を制御できなくなり興奮､怒り､悲しみをむき出しにする異常行動に用いられます。
　あくび（欠伸）が投与目標になっています。

　本方は神経過敏で悲観的な人の不眠に適します。この「こころ」の変調は､心神不安に相当し､小麦（ｼｮｳﾊﾞｸ）や大棗（ﾀｲｿｳ）の適応になります（図２）。
　本方は､過換気症候群（１）や夜泣きでも解説しています。

３．虚労（ｷｮﾛｳ）と心神不安

　虚労は気血水（津液）や五臓の機能低下による虚弱病態です。補気薬や補血薬､補腎薬の適応になります。虚労（１）を参照してください。
　この項目では心神不安を軽減する安神薬（ｱﾝｼﾝﾔｸ）の酸棗仁（ｻﾝｿｳﾆﾝ）や竜眼肉（ﾘｭｳｶﾞﾝﾆｸ）や遠志（ｵﾝｼﾞ）を含む２方剤を解説します（図３）。

3.1）酸棗仁湯（ｻﾝｿｳﾆﾝﾄｳ）は､心身の疲れた虚労の人の､胸苦しさ､いらだち､焦り､夜間に目が冴えて眠れないなどの虚煩（ｷｮﾊﾝ）を伴う不眠に適します。

　本方は､死の恐怖を感じさせる悪夢を見る患者の28例中26例に有効であったという報告があります。悪夢は虚煩に相当します。

　本方は､配合生薬の補血安神薬の酸棗仁と､虚熱による虚煩を鎮める清虚熱薬の知母（ﾁﾓ）を含む方剤です（図４）。

3.2）帰脾湯（ｷﾋﾄｳ）は､胃腸虚弱（気虚）と顔色不良（血虚）で疲れやすい､些細なことを思い悩み､不安､抑うつ感（心神不安）を伴う不眠に用いられます。
　本方は､入眠障碍､夢が多い中途覚醒､朝起きにくいなど眠りに関する悩みの多い愁訴に適します。漢方薬名の意味：帰脾湯を参照してください。

　本方は補気剤の四君子湯（４味）と安神薬の遠志（ｵﾝｼﾞ）と補血安神薬の酸棗仁と竜眼肉を含む補気補血､安神剤です（図３）。

　なお帰脾湯の虚労（顔色不良､胃腸虚弱､疲労倦怠）の程度は､酸棗仁湯より顕著です。

3.3）加味帰脾湯（ｶﾐｷﾋﾄｳ）は､帰脾湯に柴胡（ｻｲｺ：理気疎肝）と山梔子（ｻﾝｼｼ：清熱徐煩）を加味した方剤です。帰脾湯の適応に胸苦しさ､のぼせ､いらだちが加わった病態に適します。
　本方の適応となるのぼせ､いらだちはやや抑制的で､感情的で熱証の強い加味逍遙散（ｶﾐｼｮｳﾖｳｻﾝ）より激しくありません。

４．心神不安と多夢

　桂枝加竜骨牡蛎湯（ｹｲｼｶﾘｭｳｺﾂﾎﾞﾚｲﾄｳ）は､寒がり､冷えと心神不安による不安､動悸､多夢､脱毛に用いられる補腎安神剤です。円形脱毛症（１）を参照してください。
　冷え傾向ですが時に動悸やのぼせの逆上状態になります。

　本方は桂枝湯（ｹｲｼﾄｳ）を基本にしているので補気補血と降気の薬能も有します（図５）。
　本方は性的悪夢（夢交､夢精）によって中途覚醒する睡眠障碍に適します。驚きやすく､朝の調子が良くない人に適します。
　不眠や睡眠時の異常行動には本方と酸棗仁湯と併用される場合もあります。

（関連方剤）柴胡加竜骨牡蛎湯（ｻｲｺｶﾘｭｳｺﾂﾎﾞﾚｲﾄｳ）には「気苦労で夢を見ることが多く不眠になる」という口訣があります。
　本方は､桂枝加竜骨牡蛎湯より体力に余裕があり熱証傾向の心神不安症状に用いられます（図６）。両方剤は､疲労感の漢方（４）でも比較しています。