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病気の悩みを漢方で
コロナ後遺症の漢方
1.コロナ後遺症:精神神経症状
コロナ後遺症は、倦怠感に加えて不安、抑うつ、思考力・集中力の低下などの精神神経症状も認められます。集中力や思考力の低下は、頭がモヤモヤするブレインフォグ(脳の霧)と称されています。
これらの症状はウイルス感染後のSickness behaviorの一部です。コロナ後遺症(1)を参照してください。さらに感染拡大による医療体制の混乱や、外出自粛などに対する不安や不満、いらだちが症状発現や悪化に影響したと考えられます。
抑うつ、不安、思考力・集中力の低下などは、気滞(キタイ)や気逆(キギャク)や心神不安(シンシンフアン)の症状です。
心神不安は、心(シン)に宿る神(シン:「こころ」を含めた生命活動の根源的な力)の機能失調です。安神剤(アンシンザイ)の適応になります。疲労感(1)を参照してください。
今回は、コロナ後遺症の精神神経症状に用いられる安神剤を和解剤(ワカイザイ)と補益剤(ホエキザイ)と関連させながら考えます(図1)。
2.和解剤の薬能を有する安神剤
ここでは竜骨(リュウコツ)と牡蛎(ボレイ)を含む3方剤を比較します(図2)。両生薬は不安や動悸、煩驚(物音に驚きやすい)不眠を軽減する安神薬です。さらに遺精など体液の漏出病態を止める固渋(コジュウ≒補腎 ホジン)作用もあります。
2.1)柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)は、3方剤の中では体力の実証傾向に用いられます。抑うつといらだちを伴う不安、動悸に用いられます。
本方は小柴胡湯(ショウサイコトウ)の甘草を除き竜骨と牡蛎を加味した内容の和解・安神剤です(大黄 ダイオウを配合した製剤もあります)。
2.2)柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)は、柴胡加竜骨牡蛎湯より体力低下傾向の人の心煩(不安、抑うつ、いらだち、焦り、胸苦しさ)、動悸、口乾、不眠を伴う場合に用いられます。冷え傾向ですが時にのぼせて頭汗を伴うこともあります。
本方はストレスを内にため込み、神経過敏、取り越し苦労、自己抑制的で他者に配慮し過ぎて疲れる人に適します。疲労感(4)を参照してください。
本方は柴胡加竜骨牡蛎湯と同様に柴胡、桂皮、牡蛎を含みます。さらに冷えを温める甘草と乾姜(カンキョウ)、動悸を軽減する甘草と桂皮(ケイヒ)の薬対を含みます。
柴胡桂枝乾姜湯は、コロナ後遺症の微熱、頭痛、倦怠感、不眠、動悸に用いられています。途中で半夏厚朴湯や桂枝加竜骨牡蛎湯が併用されています。
2.3)桂枝加竜骨牡蛎湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)は、3方剤の中では冷え傾向、体力の虚証傾向に用いられます。倦怠感、不安、動悸、不眠(悪夢)に用いられます。朝の調子が良くない人に適します。疲労感(5)を参照してください。
本方は桂枝湯に竜骨と牡蛎を加味した方剤です。桂枝湯は虚弱状態(≒軽度の気血両虚)を整える方剤ですので、本方は次項の補益剤の薬能も有しています。 上記の3方剤の配合生薬は、疲労感(4)で比較しています。
これらの3方剤は理気剤の香蘇散(コウソサン)や半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)と併用されます。⇒ちょっと一言。
3.補益の薬能を有する安神剤
この項目では、安神薬の遠志(オンジ)と酸棗仁(サンソウニン)竜眼肉(リュウガンニク)を含む3方剤を比較します(図3)。疲労感(5)を参照してください。
3.1)酸棗仁湯(サンソウニントウ)は、血虚(ケッキョ)による虚労(キョロウ)と一過性のいらだち、胸苦しさ(虚煩 キョハン)によって夜間に目が冴えて眠れない状態に用いられる方剤です。
本方は、清虚熱薬の知母(チモ)を含むことが他の2方剤との相違です。
不眠(3)を参照してください。
3.2)人参養栄湯(ニンジンヨウエイトウ)は、気虚(キキョ)と血虚による虚労状態の補気補血安神剤です。 COPDや認知症(6)を参照してください。
本方は補気補血剤の十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ 10味)の9味を含む関連方剤です。安神薬の遠志と五味子(ゴミシ)を含むことが十全大補湯との相違点です。漢方薬名の意味:人参養栄湯を参照してください。
3.3)帰脾湯は、気血両虚による虚労状態の眠りが浅い、夜間に目覚めるなどの不眠、不安、抑うつ感などに用いられます。漢方薬名の意味:帰脾湯を参照してください。
本方は補気剤の四君子湯(シクンシトウ 6味)と遠志と補血安神薬の酸棗仁、竜眼肉を含む補気補血安神剤です。疲労感(3)を参照してください。
本方の適応に胸苦しさ、のぼせ、いらだちがなど気滞や気逆症状が加わった病態には加味帰脾湯(カミキヒトウ)が適します。本方もコロナ後遺症に用いられます。
4.安神の薬能を有するその他の方剤
4.1)竹筎温胆湯(チクジョウンタントウ)は、微熱、湿性咳嗽を伴う夜間咳嗽による安眠障碍、抑うつ傾向に用いられます。かぜ(3)を参照してください。
本方の竹筎(チクジョ)には除煩(ジョハン)の薬能があり、麦門冬(バクモンドウ)は心火(シンカ)を冷ます安神の薬能があります。
竹筎温胆湯には、インフルエンザ感染後の怯え、不眠、不穏、興奮、せん妄などのSickness behavior症状を軽減した報告があります。
4.2)炙甘草湯(シャカンゾウトウ)は、気血両虚による虚労状態の口乾、皮膚の乾燥を伴う乾性咳嗽や動悸に用いられます。動悸(2)を参照してください。
本方は安神の薬能を有する麦門冬、大棗(タイソウ)人参を含みます。
炙甘草湯には、コロナ感染後の動悸、咳嗽、不安、易疲労感、無気力、眠りが浅い症状を軽減した報告があります。
不安、抑うつに併用される方剤
以下の2方剤は、不安、抑うつに頻用される理気剤です。今回紹介した漢方方剤と適宜併用されます。
・香蘇散(コウソサン)は、胃腸虚弱、神経過敏、気分がすぐれない人の頭重感や抑うつ傾向に用いられます。
・半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)は、几帳面で用意周到、引っ込み思案、取り越し苦労、人に会うのが億劫な人の不安感、抑うつ傾向に用いられます。
(2023年1月17日 公開)
病気の悩みを漢方で
谿 忠人 先生
大阪大学薬学部卒・同大学院薬学研究科修了
- 大阪大学薬学部・助手 (生薬材料学と生薬化学)
- 近畿大学東洋医学研究所・講師・助教授 (臨床漢方薬学)
- 住友金属工業(株)未来技術研究所・医薬研究部長 (創薬研究)
- 富山大学和漢医薬学総合研究所・教授 (資源科学と漢方医療薬学)
- 大阪大谷大学薬学部・教授 (漢方医療薬学)
- 平成24(2012)年3月に大阪大谷大学を定年退職。
- 大阪大谷大学名誉教授。
- 日本東洋医学会名誉会員、和漢医薬学会名誉会員。
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